第一章 麻雀令嬢と《龍使い》(あるいは何切る・理牌読み)

第1話 プロローグ:麻雀が全てを決める世界 ア・カドラ

 なろう系で麻雀小説を書いてみたかったので挑戦しました。

 麻雀において「河から拾い直す」「ツモり直し」等のとんでもチート能力を使って調子に乗ってる連中を、イカサマ技術と現代麻雀理論でぶっ潰す……という痛快な小説を目指します。

 どうぞお楽しみください!


 ――――――――――






 麻雀がすべてを決める世界、ア・カドラ(At Caddla)。

 創造神は、人同士の殺生を禁じ、その代わりにあらゆる揉め事を決闘で解決できるようにした。


 個人の名誉を賭けた勝負、王位継承権、小国同士の領土係争――。

 全ての争いごとは、麻雀勝負が雌雄を決した。

 それが、麻雀による《決闘の儀》である。






「貴様、我らハイテイツ家の血をひく娘が、何の加護も特殊技能もないとはどういうことだ!? 我らの面目を潰すつもりか!」


 心無い言葉とともに、冷水をぶっ掛けられる少女が一人。

 古い貴族の血を引く傍流の貴族令嬢。しかし、妾との間に生まれた卑しい私生児の身分ともあれば、厳しい処遇が待っている。ましてや、《加護》も《特殊技能》も与えられなかった無能者ともなれば、一族の恥も同然であった。


 ずぶ濡れの少女をよそに、周囲の貴族たちは冷ややかな目つきであった。

 無能者にかける温情はない、ということらしい。これは別段ハイテイツ家がひどいという訳ではなく、どの貴族も同じようなものであった。


「か、加護は……受けておりますわ……」

「使えない加護だったら無いも同然なんだよッ!」


 口答えをしたせいか、再び頭から水を浴びせられる少女。もはや貴族の娘への仕打ちとは思えぬ処罰であった。

 神々の力により暴力行為が制限されているこの世界で、水を浴びせかけるのは最大限の侮辱行為であった。現に少女は、屈辱で顔を歪めていた。


「はん! 何が、《悪戯妖精の加護》だ! 何が『プレイヤーの反則行為についてルールが次の通りに上書きされる。“反則行為が他プレイヤーに指摘されて反則と証明されたとき、罰符支払いのチョンボ二回分として処理される”』だ! 罰符が二倍になっただけではないか!」

「……ッ」


 腹違いの兄が胴間声を張り上げた。心無い言葉に少女は歯噛みした。

 そう、確かにそれは普通に読めばただ罰が重くなっただけの内容。

 麻雀にはチョンボという決めがある。手役がないのに和了上がり宣言したり、手牌の枚数を間違えたり、そういった規則違反行為には罰則が課される。アガリ放棄、供託、……等あるが、最も重い部類に入るのが罰符支払い。


 そしてこの《悪戯妖精の加護》は、いずれの反則行為でも他プレイヤーに指摘されたときは、罰符支払いのチョンボ二回分で処理されてしまうという効果であった。


 ――即ち、そのまま解釈すると、ただ罰則が重くなっただけの能力。

 使えない能力だと罵られても仕方がない。


 虫でも見るかのような冷ややかな目付きで、異母兄は言葉をつづけた。


「リンシヤ。お前は政略結婚の駒にも使えなくなった。本来なら修道院にでも追放してやりたいぐらいだ。だがお前は、卑しい庶子の身とはいえ貴族の端くれ。使用人ぐらいにはしてやらんでもない」


 このとき、この場にいる誰もが、少女の能力を誤解していた。

 少女自身も、己の能力を『ただチョンボの罰則が厳しくなるだけの無益な能力』だと思い込んでいた。


 反則行為のルールがどのように・・・・・上書きされているのか――それを注意深く調べるものはいなかった。


 そして、この能力を上手く悪用して、他の調子に乗っている異能雀士たちを逆に食う・・――ということを、まだ想像だにしていなかったのだ。


 それは少女がまだ、《龍使い》に出会う前の話であった。






 ◇◇◇






 下家の河:

 西白二一3⑦

(下家が3〜4巡目でいきなり萬子の辺張ペンチャン落とし。ターツ選択が入っているということは、進行速度が速そうだな。しかも端牌整理がおわって中張牌ちゅうちゃんぱいが出てきたから、安牌を持つとしたら下家の安牌が優先だろうな)


 対面の牌姿:

 ??????? 東東東 888

(対面は2副露フーロで聴牌濃厚。2副露で聴牌が入ってると仮定すれば、ポン出しの③筒が関連牌で、①①③や③⑤⑤などの可能性が考えられる。対子手に刺さると痛いので、①筒と⑤筒の勝負は後回しにするか)


 上家の河:

 南一白8⑧北4 八リーチ

(上家からリーチか……。ポイントは中張牌ちゅうちゃんぱいの4索が処理されてからの八萬切りリーチだから、宣言牌はそれらの中張牌ちゅうちゃんぱいよりも長く持っていたくて引っ張った≒関連牌である可能性が上がったということ。素直に宣言牌の八萬周りを警戒して、勝負すべき牌は絞るか)


 自分の牌姿:

 ③④⑤⑥⑦⑧四四六八678

(よし、回りながらの聴牌。5200聴牌とはいえ、役ありで黙聴できて愚形待ちだから、これは最後まで黙聴維持だな……)




 ……………………。

 …………。




(これでこの半荘も無事に勝利だな。こう言っちゃ悪いが、この世界・・・・の麻雀はやっぱり読みやすいな)


(チート能力持ちだとか何だとか言ってたが、何てことはない。牌効率と、ちょっとした軽い積み込みイカサマ程度で、どんな強い能力者相手でも普通に勝ててしまう)


(……)


(果たしてこの世界には、俺が絶対に勝てない奴なんているのだろうか?)


(そんな麻雀の神様みたいなやつがいるのなら、そいつに俺のはどこまで通用するんだろうか?)


(……)


(……まあ、そんなことはどうでもいいな。俺は日々の食い扶持が麻雀で稼げたらそれで十分なんだ)


(強い奴と戦いたいという気持ちはあるが……俺が最強だっていうなら、それはそれでいいさ。それでいい……)






 ◇◇◇






 王都傭兵代打ちギルドの雀士、《龍使い》ロナルド・ホウラ。

 それがこの世界における俺の肩書である。


(……麻雀が全てを決める異世界に転生したなんて、正直未だに信じられないな)


 俺は一人しみじみと感慨に耽っていた。今でも夢を見ているのではないかとさえ思う。

 転生した直後は本当に目を疑った。

 麻雀、麻雀、そして麻雀。あちらこちらで麻雀の勝負が行われ、そしてその勝敗であらゆる決め事がなされていたのだから。


(前世で麻雀ばかりに明け暮れていたのが、まさかこんな形で活きるなんてな)


 芸は身を助くとも言うが、人間万事塞翁が馬とも言う。

 まさか麻雀に打ち込んでいたことが回りまわって今に役立つとは、本当に人生何が起こるか分からないものである。


 俺は、このア・カドラ大陸で鉄強の雀士としてそれなりに名を馳せていた。

 それもこれも、前世で鍛えた牌効率の知識や読みの技術、そしてイカサマ芸のおかげである。


 今日も今日とて、俺は麻雀稼業で食い扶持を稼いでいた。

 特に今日の仕事は、ひときわ大きなしのぎであった。


(貴族令嬢の麻雀を鍛えてほしい……か、果たしてどんな訳アリお嬢さんなんだろうな)


 依頼書――甲は乙の麻雀の実力を鍛えること。

 簡潔な内容。破格の報酬。期限は最低一年以上の無期限。

 普通に考えればとても美味しい仕事である。一つ気がかりなのは、どの段階まで強く、などの明確な目標が見えないところだろうか。


「遅くなりました。ハイテイツ家の次女、リンシヤ・ハイテイツと申します。《龍使い》のお名前はかねがね伺っております」

「これはどうも。これから家庭教師になります、雀士のロナルド・ホウラです。皆はよく私のことを《龍使い》のロン、と呼んでますがね」


 出てきたのは、どこか使用人然とした素朴な見た目の少女だった。気品ある顔立ちではあったが、質素な服装は平民のそれに近い。

 王国四大貴族のハイテイツ家の次女とは思えない身なりである。これはちょっとただ事ではないぞ、と嫌な予感が脳裏をよぎった。


「で、リンシヤさんは麻雀をどの程度お打ちで?」

「嗜み程度ですわね。貴族同士の社交界にちょっと出た程度で、代打ちの皆さまとは比べ物になりませんわ」


 ですが、と前置いた少女は、蛇のように鋭い目つきになって言葉を続けた。


「代打ちの皆さまと肩を並べられる程度には強くなりたいですわ。それも、並大抵の貴族なら叩き潰せる程度には」

「……ほう」


 少々穏やかじゃないなと思った俺は、先に報酬について確認した。

 金貨百枚。これは問題ないらしい。

 前受け金が金貨十枚。これも問題ないとのこと。


 ただし支払いは、リンシヤ嬢が麻雀で稼げるようになったらその浮き分から徐々に支払っていくとのこと。これなら彼女が強くなって金貨百枚稼げる打ち手になるまではしばらくつきっきりで俺に麻雀を教えてもらえる……という考えらしい。


 なるほど、確かに金貨百枚の報酬を受け取りたい俺からすると、しっかりと彼女を鍛えてあげないといけないことになる。報酬の貰い逃げはあまり美味しくないわけだ。


「絶対に強くなってみせます。ですからどうか、住み込みの弟子として身の回りのお世話をさせていただきたく」

「おいおいおい、ちょっと待ってくれ、それは流石に……」


 住み込みを提案された時、俺はわずかに身じろいだ。

 要するに、食事に洗濯に掃除と、身の回りのお世話を全部やってみせますと言っているわけだ。

 だが流石に、貴族の令嬢を丁稚奉公のようにこき使う訳にはいかない。彼女の提案は予想だにしていないものだった。

 第一、そんなことをハイテイツ家の人たちが許すはずがない。珠のようにかわいがってきた我が子を、そんなどこぞの馬の骨とも知れない男に差し出すような真似をするはずがないのだ。

 そう思っていたが、彼女の言葉は俺の予想を裏切った。


「問題ございませんわ。私、ハイテイツ家の家令の相続権を放棄させられましたもの」

「え、ええ? 何だって?」

「勘当処分に近いですわね。実家から半ば追放されかけてますので」

「……」


 呆れた俺は、改めて依頼書に目を通しなおした。

 麻雀を鍛える。期限は無期限。

 これは一体どう考えたらいいのだろうか、と。


「……事情をお伺いしてもよろしいかな? 私はてっきり、貴族のお嬢さんに家庭教師として麻雀を教えるものだと思っていたが、どうにも話が違うようだ。この依頼を受けていいかどうか、正直迷っている」

「元々このお金は、私が結婚するための結納金として準備された結婚支度金ですわ。ですが、縁談話も全てなくなってしまって、実家からも縁を切りたいと言われて、これは半ば手切れ金のようなものですわ」


 なるほど、と俺は得心した。

 そう考えると逆に、貴族の令嬢の結婚支度金としては金貨百枚は随分安いものだな、という感想が頭をよぎった。


「でもどうしてそんなことに?」

「……私、貴族の癖に、特殊技能スキル加護ギフトも貰えなかった無能力者ですの」

「……なるほど」


 これで全てに納得がいった。

 麻雀ですべてが決まるこの世界において、麻雀の特殊能力も加護もないということは大きな不利益になる。麻雀で一対一サシウマの決闘を申し込まれた時に、著しく不利な状況に陥るのはもちろん、能力や加護がないというだけで縁談話を破棄されることも珍しくはない。


 そして、このリンシヤ嬢はまさしく、無能力であることが理由で、実家から勘当を受けかけているのだ。

 ここまでくれば概ねの話は理解できた。確かにこれは、家庭教師ではなく師弟関係の方が話が早いかもしれない。


「すべてを失った私に残されたかすかな希望は、麻雀で強くなることです」


 じゃり、と金貨の入った袋が音を立てた。

 震える手で、リンシヤ嬢がそれを掴んでいた。


「無能力者でありながら王都で一番の麻雀打ちが存在します。それが、《龍使い》ロナルド、貴方です。私は貴方に弟子入りすることで、運命を変えたいのです」


 そう強く言い切った彼女は、ぽろぽろと涙を流していた。

 結婚支度金だったはずのお金を片手に、見ず知らずの男にその金を預けて、身の回りのお世話まですると申し出て、そうまでして強くなろうとする――その心情はいかばかりだろうか。


 幸せのために使うはずだったお金。

 そして、実家から縁切りで渡されたお金。


「……」


 人間万事塞翁が馬。

 やはり、人生は何が起こるか分かったものではない。

 前世でちゃらんぽらんの甘ったれだった俺からすれば、今の彼女は、もうすでに昔の俺なんかよりも立派であった。


(……こいつは、金貨百枚じゃあ済まない大仕事だな)


 貴族令嬢を鍛え上げて、一流の麻雀打ちにして、彼女を追放した実家に目にものを見せてやる。

 それもまた一興であろう。


 この世には金貨百枚よりも大事なものが二つある。

 それは、悔し涙と、雀士のちっぽけなプライドである。






 ◇◇◇






 全てを失ったかと思われた《麻雀令嬢》リンシヤ・ハイテイツ。

 そして――牌効率とイカサマ技術についてこの世界の遥か先を行く《龍使い》ロナルド・ホウラ。


 この二人が、強い能力にかまけて調子に乗っている連中を、軒並み蹴散らしていくのは、そう遠くない未来の話――。






 ――――――――――


 次回から、リンシヤ嬢の修行パートです。


 ■あとがき

 ここまでお読みいただきありがとうございます。


 新作『異世界麻雀は牌効率とイカサマで成り上がる: 調子に乗っているチート連中に本物のチート(※イカサマ)をぶつけてみた』

 投稿スタートです!


 Q.この作品はどんな作品ですか? どんな面白さがありますか?

 A.異世界麻雀で『チート無双俺TUEEEE』で調子に乗ってる連中を、現代麻雀風のデジタルな牌効率と、裏稼業的なイカサマ術でどんどんなぎ倒していくお話です。

  読んでいるだけで麻雀が強くなる&麻雀を楽しめるような作品を目指します!


 現在、カクヨムコンに向けて執筆頑張ってます!

 面白いと感じましたら、小説フォロー・★評価をポチッとしていただけたら幸いです。

 これからもよろしくお願いいたします。


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