第16話 ハッピーエンド

 明くる日、将純が彩華を連れて自室へ入ると、思わず目頭を揉みながら、本来ならいるはずのない来客に向かって、呻くように問うた。


「で? これはどうなってるんだ?」

「そんなの決まってるよ! 彩華ちゃん退院おめでとうパーティーを開催するんだも~ん! 今日の主役はもちろん彩華ちゃん! 生贄は永咲くん!」

「生贄ってなんだ!」

「食べ物はだめだって言われたから、それ以外のをたんと準備したよ! はいはい、彩華ちゃんはこっちに座ってね! 永咲くんの座席はトイレの便座ね!」

「俺の扱い酷くない!? ……違う、流れに飲まれるな俺」


 息を深く吸って、吐いて。深呼吸。


「で、どうして俺の部屋はこんなことになってるんですか?」


 場所は将純の部屋。

 問題は、部屋が色とりどりの装飾で埋め尽くされている事だ。

 あちこちにバルーンが飾られ、壁には大量の紙テープが貼られている。部屋の隅にはどうしてなのかモミの木が設置されて、綺麗なライトで装飾されていた。しまいには、天井にミラーボールまである。

 まるで、季節外れのクリスマス会場だ。


「そんなの決まってるよ! 永咲くんが彩華ちゃんを迎えに行ってる間に準備したんだから、私に感謝するんだぞ、永咲くん!」


 頭が痛くなってきた。

 ついさっき、将純は退院した彩華を病院に迎えに行ったのだ。すっかり調子を取り戻した彩華とあれこれ言い合いながら、永咲家に帰ってきた。

 でも、退院手続きがあったとしても、家を空けていたのは二時間もない。その間に紗季は部屋を装飾したというのだ。宇宙人のする事は理解ができない。


「……紗季、何個か聞きたいんだが」

「いいよ~!」


 凄く元気な答えが返ってきた。


「まず、家にどうやって入った」

「もちろんベランダ」

「だからどうやって!? 出る前に鍵が閉まってるか確認したよ、俺!」

「世にも奇妙な物語だね!」

「はっきり答えろ!」


 すると困ったように大助が苦笑いをした。


「その、マサ。言いにくいんだけど、紗季は昨日からベッドの下に隠れていたみたいだよ」

「……へ?」

「そうだよ~。一晩、将純くんの下で過ごしたんだよ!」

「マジで!?」


 慌ててベッドの下を覗き込む。

 本当に人が入れそうな隙間には、将純のものじゃない毛布と、食べかけのお菓子があった。

 将純は部屋にいる侵入者に気付かずに、昨晩を過ごしていたらしい。まあ、あれだ。侵入者に気が付かなかったのは、四徹の疲れがまだ残っていただけなのだ。将純が鈍感なわけじゃない。


「……もう、いいや」


 驚きを通り越して、もう呆れていた。

 自身の両頬を叩いて、気を入れ直す。まだまだ不明瞭な事が山積みなのだ。


「で、次の質問! これだけの装飾をする費用は誰が?」

「永咲くんの財布から盗った」

「おい! お金が足りなかったのはお前のせいか!」


 頭が痛い。叫びすぎて喉も痛い。やはり、宇宙人の相手は将純でも務まらないようだ。


「そろそろ諦めて座ったらどうだい?」

「……うん、そうだな」


 大助の言葉に従って、ちゃぶ台の前に座る。

 常識人であればあるほど、紗季の特殊攻撃は精神にガツンとくる。

 昔の将純の場合、紗季とよく言い争っていたが、一度も勝てた事はないのだ。決着はいつも紗季に言い負かされるか、投げ飛ばされるかで終わる。

 今は紗季に挑むような無謀な事はしない。素直に諦め受け入れるのが得策なのだ。


「え~、まずパーティーにご参加頂き、ありがとうございます。まず、主催者の私から一言。めちゃくちゃしてください!」

「俺の部屋だけどね!」


 紗季は将純の言葉に耳も貸さず、片手に無数のクラッカーを持って、「イエ~イ!」と叫びながら容赦なく放つ。中身の紙テープは全て将純に被弾。

 仕返しに脳天チョップを与えたかったが、主役は彩華なのだ。今回ばかりは大目に見てやる。後で財布から抜かれたお金は返してもらうが。


「じゃあ、最初にこれしようよ!」


 紗季が目の前に掲げたのは、四人対戦ができるレースゲームのパッケージ。

 将純は何も言っていないのに、さっそく紗季はROMを取り出して、ゲーム機に差し込んだ。軽やかな駆動音を響かせて、本体に吸い込まれていく。


「待て待て待て待て!」

「時間はいつだって待ってくれないよ、永咲くん!」


 その言葉を無視して、さっきから黙っている彩華に向き合う。


「彩華、ゲームしたことある?」

「ないわ」

「だと思った。と、そんなわけで、今日はゲーム禁止!」


 そう言いながら、ゲーム機の電源を引っこ抜く。流れていた音楽がぷつんっと止まった。

 むくれた顔で睨みつけてきたと思うと、紗季はどたどたと足音を響かせながら一階へ下りた。数秒もしない内に帰ってきた紗季の手元には、白い器が二つ。相変わらず動向が読めない。


「それは?」

「大助くんと永咲くんの激辛我慢比べ大会をするよ」

「へ!?」


 紗季の持つ白い器を覗き込むと、白いつぶつぶが浮いた謎の赤い液体で満たされていた。


「なんだよ、これ?」

「デスソースがベースのコーンポタージュだよ~ん」


 確かに、浮いているつぶつぶはコーンにも見える。

 でも、これじゃあデスソース九割、コーンポタージュ一割の比率になっている。少しも食べたいとは思わない。


「こんなの食べたら、一日中トイレを拝みそうだよ」

「そんなこと言わずに! ほら、スタッフが美味しく召し上がらないと放送事故起こしちゃうよ~!」

「食べた瞬間に爆発しそうだから、俺はパス! 竹見にでも食べて貰え!」


 タコ焼きにわさびを入れるぐらいだから、デスソースも食べれるはずだ。そもそもソースは掛けるもんで、食べ物でもない。


「大丈夫だよ、永咲くん! たぶんだけど」

「たぶんだろ! たぶん」

「じゃあ、物理的にはきっと大丈夫だよ~」

「作った本人が投げやりになるな! 精神的には大丈夫じゃないってことだろ!」


 紗季と言い合いをしていると、彩華が裾を引っ張ってきた。


「ねえ、君」

「おう、どうした?」


 振り返ると、彩華は不満そうな顔をしていた。

 ぷくっとリスのように頬を膨らまして、全身から不機嫌オーラが滲み出ている。


「な、なんだよ?」

「わたし以外の女と仲良くしたらダメ」

「……相手は紗季だぞ」

「宇宙人でもだめ」

「え~、ひどいな~。彩華ちゃんはもっと私に優しくしないと~。じゃないと、地球に攻め込むよん!」

「と言っておりますが、いかほどに?」

「君がわたしを好きって言ったのに」


 病室での会話を思い出す。確かにあの時は何度も何度も彩華の事を好きだと言ったが、それは場に流されただけだ。実際に彩華の事は大好きだが、それを彩華の口から言われるのは恥ずかしい。

 顔を逸らしていると、再度、彩華が裾を引っ張ってきた。


「本屋行こ?」

「……ああ、そうだな」


 四日前に将純は彩華と本屋に行く約束をしているのだ。

 理由は至極簡単。彩華が描いた漫画を買うために。

 ずっと彩華は自分の漫画を買うのを楽しみにしていた。ずっと病院で過ごしてきた彩華に、本屋へ行く機会はなかった。友達を遊ぶ時間もなかった。ただ、毎日、机に向かって漫画をかいているだけの人生。

 将純はその孤独を埋められるのだろうか。


「よし、それじゃあ、二人だけで行こうか」

「うん」

「あれ、私をのけ者にして何してるのさ! どういうこと!?」

「じゃあ、竹見と紗季も一緒に行くか? 彩華はそれでもいいのか?」

「うん」

「今すぐ出発しよう、今すぐに! しゅっぱつ、しんこ~」


 今日もどたばたと忙しい。

 出会いがあれば別れもあるって他人は言うけれども、思い出があれば悲しくなんてない。

 今日もほら、次々と心の日記が埋まっていく。今日だって、そして明日もきっと、賑やかな日が続くんだろう。

 だから、きっと、この物語はハッピーエンドを迎える。そんな気がした。


「ほら、永咲くん、早く!」

「よし、行こう!」


 将純たちは明日へ向かって、大きく飛び出したのだった。




★☆――――――――

お読みいただき、ありがとうございました。

これで本作『なの校の青春』は完結です。

面白かったよ、と思った方は評価お願いします。

この次には、あとがき&プロフィール集&特別ショートストーリーがあります。興味があれば、ぜひこのままお読み下さい。

――――――――☆★

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