第11話 デートの始まり

 梅田行の電車に乗ってから十五分もすると、当たり前だが梅田に着く。そこから二度電車を乗り換えて、約一時間。南西に四十キロ。将純と彩華を乗せた電車は、やっと目的地の駅へと着いた。


 時刻は昼の一時。

 将純と彩華は駅のホームに降り立った。途端、潮の匂いが鼻を吹き抜けた。


 海だ。海が近いのだ。


 電車の窓からも海は見えていた。でも、そのツンと鼻にくる匂いに、どこか懐かしさを感じる。

 実際には聞こえないのに、リズム感のある引き波の音が耳の奥でこだまする。


 改札を抜けると、同じように水族館を目的とする観光グループの姿。中にちらほら見える子供は、傍から見てもあからさまに浮足立っている。


「まあ、人のことは言えないけど……」


 さっきからずっと胸が鳴りっぱなしだ。気を緩めていたら、心臓が口から出てきそうな気分。

 原因は、隣に歩いている彩華だ。指先で少し服の裾を掴んできているところが、凄く抱きしめたくなる。

 でも、さすがにそんな勇気はない。


 水族館と言っても、このだだっ広い埋立地にあるのは、なにも水族館だけでない。広い海と夜景を一望できる世界最大級の観覧車、日本で一番低いとされる不名誉な山、水族館に隣接しているのは多くの飲食店を内蔵したレジャー施設。また、川を挟んだ向こう岸には、世界的に有名なテーマパークもある。


 だから、一日中遊べるこの付近はデートスポットとして知られていた。

 先ほどからそのデートという単語が頭の中を搔き乱していて、どうにも、服の裾から伝わる彩華の総菜を意識してしまう。

 さすが大助だ。そこまで読んで、きょうは来なかったのだろう。どうせ、携帯の盗聴でもして楽しんでいるに違いない。


 そんなことを考えていると、彩華が服の裾を引っ張ってきた。妙に規則的で、何かの暗号のようにも思える。

 意識を裾に集めて、情報を読み取る。

 トントントン、ツーツーツー、トントントン。S、O、S。


「モールス信号かよ!」

「…………」


 何も答えない彩華に不審感を覚える。振り返ると、彩華は今にも倒れそうな表情をしていた。


「ど、どうした?」

「ごはん。おなか減った……」

「前にもこんな事あったな。ちょっと待ってろ、何か買ってきてやる」


 その言葉を聞くや否や、彩華が目を輝かせてじりじりと近寄ってくる。その姿は、好物を目の前に置かれた犬のようだ。


「俺を食べたそうな顔はやめろ!」

「……えー」

「えーじゃないだろ! もしかして、昼食取ってないのか?」

「うん、君とのデートが楽しみだったから」

「はあ……」


 将純は彩華の昼食と夕食を毎日作っている。

 去年までは昼は学食か購買だった。だけれど、高校になって将純が弁当を作るようになった原因は彩華にある。


 それは、彩華が弁当を作れないくせに、ダイエット中だからだ。食事制限が厳しすぎるので、店売りの商品ではダメだ。だから、将純が作っている。

 そんなに太っている様には見えないけどなあとか、逆に彩華は細い方だと思うけどなあとか、今のままが一番可愛いけどなあとか、何度も考えたものだ。

 そんな状況は学校のない日にも適用されて、結局、将純は土日も彩華の弁当を作っている。


 今日の昼食は昨日渡したはずだ。

 だから、彩華はてっきり食べてるもんだと思ってた。紗季も各自で昼食を取ってこいと言っていたし。


「……わかった。今日だけは食事制限を破ってもいいか?」

「いいよ」

「じゃあ、買いに行こうか」


 向かったのは、水族館に隣接したレジャー施設。中に入ると昼時を過ぎたというのに、飲食している人がごった返していた。

 空気はむわっとした湿気を孕んでいて、伝わってくるのは熱気。どこの店も客を呼び込むのに大声を張り上げている。

 ラーメン、お好み焼き、ハンバーガー、たこ焼き、ステーキ、串カツ、うどん、色んな種類の香りが漂ってきて、食欲を刺激する。


「何が食べたい?」

「串カツ」

「……なんで?」


 意外だった。女子らしくケーキやパフェとか、普通にカレーやラーメンとか、意外性があるのはソースカツ丼あたりだろうと思っていた。


 よりによって串カツとは……


 人は見かけに拠らないらしい。でも、将純も昼食を抜いてきているので、この時ばかりはありがたい。最後に食べたのは昨日の夕食だったので、お腹が空いているのだ。


 彩華を連れて、屋台のような作りのお店で、串カツを六本ずつ購入する。中身は豚肉、えび、玉ねぎ、しいたけ、じゃがいも、エリンギ。計千二百円と少し高い金額設定だが、ここで食べるのは一番価値があるかもしれない。


 施設を出て、風が運んでくる潮の匂いを感じながら、二人して串カツを腹に収める。綺麗にこんがりと揚げられた衣を噛むと、サクサクとした触感の後に、肉汁があふれ出してくる。あっさりとした触感で、仄かに感じる肉の甘みと、僅かに感じる塩のしょっぱさの相性が良かった。


 豚肉に続いて他の食材を腹に収めても、空腹感が消える事はない。一応、彩華の食事制限を気にして量を決めたのだが、それが徒となった。

 食べ終わった串を、近くにあったゴミ箱に放り込む。


「じゃあ、行こうか」

「うん」

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