第七話 突入



 次の通信でアリツィヤは、拠点の情報を教えた。


 もちろん、偽の拠点だ。


 山に囲まれたそこには、本当は廃墟しかない。


『ありがとう。すぐに話し合って、襲撃の日程を決めるわ』


 エマヌエラは、全く疑っていなかった。


 通信で敵をあざむくと同時に、こちら側の計画は進んでいった。


 聖都の中心部には天使しかおらず、人間が住んでいるのは聖都の周縁部。


 その差別的な構造が、今回の作戦には吉と出た。


 極力、人間を巻き込まなくて済む。


 聖都の中心部は城壁で囲まれているので、爆弾で城壁を壊して侵入すると決まった。




『今から三日後と決まったわ。脱出できそう?』


 次の通信でエマヌエラに問われ、アリツィヤは「いける」と答えた。


 二日以下だとここから聖都に着けないので延ばせ、と言われていた。


 三日あれば、十分だ。


「それでは、お願いね」


『ええ。早く、またあなたに会いたいわ』


「……私も」


 間を空けてしまったが、エマヌエラは特に疑問には思わなかったようで、そのまま通信を切った。


 エマヌエラは、ベアトリーチェが……いや天使が裏切ることなんてないと思っているのだろう。


 アリツィヤも、なにも知らなかったら、そう信じていたかもしれない。




 そのあとすぐ、昼食の差し入れにやってきたキャシアスに報告する。


「準備はもうできてる。行くぞ」


 アリツィヤは羽を隠すためにマントを羽織り、キャシアスと共に家屋を出た。


 振り返り、長いこと閉じ込められた屋敷を確認する。


 立派で広い屋敷なのかと思っていたが、こうして見るとそうでもない。


 アリツィヤが住んでいた村にでもありそうな、二階建ての屋敷だった。


 あちこちが欠けており、修繕もされていない。


 知らないまま見れば、ただの廃屋かと思ったかもしれない。


 コリンは屋敷の扉の前で、微笑んで立っていた。


 彼は作戦に参加せず、ここで待機しておく予定だという。


 コリンはあくまで技術者で、戦闘員ではないのだろう。


「いってらっしゃい、ふたりとも。無事を祈るよ」


「ああ。コリンも留守を頼んだ」


 ふたりが挨拶するのを見てから、アリツィヤは手を振る。


「――またね、コリン」


 さようなら、ではなくて、またね――にしたのは希望を反映したからだ。


 そんな意図を見透かしたかのように、コリンは


「キャシアス、アリツィヤ。ふたりとも、必ず戻ってきてくれ」


 と声をかけてくれた。




 山道を下りたところに、反乱軍の戦士が立っている。


 ざっと三十人はいる。ほとんど男性だったが、女性も五人ほどいた。


 彼らは全員マントをまとっていた。


 マントの下に、武器を隠しているのだろう。


 アリツィヤには、武器は支給されていなかった。


 天使軍でない武器を持っているのは不自然だし、「敵から奪った」と報告しても念のため入り口で天使に奪われることは必然だからだ。


「みんな、行こう」


 キャシアスの合図で、男たちは三つに分かれる。


 集まって進むと、天使が滑空していたら見つかって怪しまれるので、三部隊に分かれるとのことだった。


 キャシアスとアリツィヤは、部隊のひとつに混じった。


「キャシアス」


 少し離れたところで、左目を眼帯で隠した壮年の男が手を挙げていた。


「――父さん」


「しっかりやれよ」


「了解」


 キャシアスは敬礼して答える。


 親子というよりも上司と部下みたいだと思いながら、アリツィヤはキャシアスの父を見やる。


(あんまり、キャシアスには似てないわね)


 キャシアスは母親似なのだろうか。


 彼の父が属する部隊は早々に出発し、アリツィヤとキャシアスも別の進路を歩きはじめた。




 アリツィヤの混ざった部隊は、街道に沿った森に隠れつつ歩いていく。


 天使軍に町を焼かれたので難民となり、聖都を目指す――という設定だった。


 いくらでもいるような人々なので、天使にもし見つかっても怪しまないだろう。


 森のなかで野宿をすることになった。


 最初の見張り番には、キャシアスが挙手したのでアリツィヤも彼と起きておくことにした。


 キャシアスと並んで焚き火を見ながら、アリツィヤはふと尋ねる。


「ねえ。家族のこと、聞いていい?」


「家族? 親父のことか?」


「ううん。お母さんのこと」


「……聞かれても、あんまり答えられないな。早くに死んだから」


 キャシアスの横顔は、哀しそうではなかった。


「どうして亡くなったの?」


「天使軍の襲撃で、死んだ。俺が二歳のときだったから、覚えてないんだ」


「そうなんだ……」


「親父曰く、勇敢な戦士だったらしい。死んだのも、天使を討ち取って爆発に巻き込まれたせいだってさ」


「……なんだか、ごめんなさい」


「謝ることないさ」


 キャシアスは軽やかに笑って、炎を見つめる。


「天使を恨んでないの?」


「正直、今でも憎い。母親のことだけじゃない。仲間がやられたし、天使軍の攻撃は無慈悲だ。でも、君には恨みはない」


「ありがとう……」


 アリツィヤが後ろめたく思ったことを察したのか、言い添えてくれて気分が少し軽くなる。


「やっぱり、お父さんのことも聞いていい? どうして反乱軍のリーダーになったの?」


 質問を重ねると、キャシアスは苦笑した。


「イグレスって国が、北部にある。知ってる?」


「聞いたことはあるかも」


「親父は、そこの王だったんだ。天使軍に襲われ、親父は逃亡した。聖都には、親父は死んだと思われているはずだ。今はイグレスは大天使が支配している」


「ええ!? じゃあ……キャシアスって王子様なの!?」


 その言い方が面白かったのか、キャシアスは腹を抱えて笑っていた。


「そんな、いいもんじゃないけどな」


「でも――そうでしょ? 聖都を制圧したら、お父さんは王様に戻って、あなたは王子様だわ」


「うーん。しばらく混乱状態が続くだろうから、どうなるかはわからないけどな」


 キャシアスは気恥ずかしいのか、それきり会話を打ち切ってしまった。


 会話が途絶えたが、穏やかな沈黙は心地よかった。


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