第六話 覚悟 2



 研究室に行って計画を伝えると、コリンは初め反対していた。


「ベアトリーチェは、間違いなく壊れるよ」


「別に、それでもいいわ」


 捨て鉢になって言ってみせたが、キャシアスが間に入る。


「俺が彼女を援護する」


「君が? ……やめておいたほうがいい。父君が許さないさ」


「親父のことは関係ないだろ。あと、これからはアリツィヤと呼んでやってくれ」


 ふたりが言い合っているのを見て、アリツィヤは勘づく。


「もしかして……キャシアスのお父さんって、反乱軍の偉いひとなの?」


「一応、指揮官って呼ばれてるよ。実質的なリーダーだな」


「それで……」


 年若いのにキャシアスが重要な任務に就いている理由がわかった。


「陽動作戦で天使軍を分散させても、君たちだけで突入したら返り討ちにされるよ。聖王には厳重な警備もついているだろう」


「だが、いつまでもこのままってわけにはいかないだろ! 物資もない、武器は遺産だけ……。消耗戦になれば、こちらが負ける」


 キャシアスが叫ぶと、コリンは耳を押さえていた。


「わかってるよ、そんなこと。しかし成功率を上げないと、今より悪くなる。……ベアトリーチェ……じゃなかった、アリツィヤ。君に賭けるしかない。キャシアス、君の援護は反対に邪魔だ。アリツィヤを徹底的に味方と思わせないと、中枢に行けない」


 コリンの冷静な説明で落ち着いたのか、キャシアスは息を荒くして壁にもたれていた。


「さっきも言ったように、君は壊れるだろう。聖王に打撃を与えても、無事に脱出できるかは未知数。いや……正直に言えば可能性は限りなくゼロに近い」


「いいわ。――その代わり、もし私が少しでも残ったら直してくれる?」


「僕の技術でできるなら、ね。約束するよ」


「お願いするわ」


 くるりと、アリツィヤはキャシアスを振り向く。


「覚悟はできてる。作戦を開始しましょう」




 それから、アリツィヤはエマヌエラとの通信を再開した。


「しばらく隙がなくて。やっと通信できたわ」


『よかった。それで、そこがどこか判明したの?』


「ええ。油断させて、情報を取ったわ。ここを襲撃してほしいの。その間に、混乱に紛れて逃げるわ」


『みんなに相談してみるわ。それで、位置は?』


「もう少し裏を取ってから伝えるわ。次の通信のときには。そちらは、襲撃の日取りを決めてほしい」


『わかったわ。――ベアトリーチェ』


 エマヌエラの声音が柔らかくなって、アリツィヤは身を固くする。


『なんだか、しっかりしたわね。捕虜になって不安だろうに……。あなたを誇りに思うわ』


「……光栄……です」


 訓練生だったころを思い出し、口調が戻ってしまう。


(私は、エマヌエラも殺すんだ)


 それが、裏切るということだ。


 あらためて実感して、怖くなってくる。


 しかし、聖都が人々を奴隷扱いしていること、目の前で亡くなった母と姉を思い返せば――覚悟が戻る。


(それに、お父さんも死んじゃったんだ)


 アリツィヤが見ていないところで、天使と戦って死んだ。


 どんなに胸が苦しくても、この身が天使であっても、天使軍と戦う。


(きっとそれは、私にしかできない)


 埋め込まれた爆弾がたまたま不発だったからこそ、こうして真実を知った。


 他の天使は、記憶なんて取り戻さないまま、聖王の手足として死んでいくのだろう。


 どちらが幸せか、アリツィヤにはわからないけれど。


『ベアトリーチェ?』


 呼びかけられて、思考に沈んでいたアリツィヤはハッとする。


「ちょっと、考えてただけ……。それでは、また連絡するから」


『ええ、お願いね』


 通信を切ってから、アリツィヤはぎゅっと拳を握った。


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