第六話 覚悟



 ベアトリーチェはアリツィヤと名前を変え――いや戻し、自分の意志で協力することを誓った。


 信用してくれたのか、足枷が外された。


 相変わらず、あの部屋から移動はさせてくれなかったが。




 あのあと、襲撃に遭った村がどうなったのかをキャシアスに聞いてみた。


「反乱軍が助けにいったときにはもう、壊滅してた。生き残りはいなかった。俺たちは埋葬をしただけだ。すまない……」


「そう……」


 わかっていたことだった。


 反乱軍より先に天使軍がアリツィヤをさらったのだろう。


(お父さんも、死んだのね)


 アリツィヤが見えていないところで戦って、死んでいったのか。


 そう思えば哀しくて、涙をこらえるために目をつむった。




「今まで、生きた天使を捕獲したことはなかったの?」


 キャシアスが昼食を差し入れてくれたときにベッドに座って食事をしながら尋ねると、彼は椅子に座って息をついた。


「なかった。……そうか、それも知らないのか」


「知らないって?」


「天使は墜落したり捕縛されかけると自爆するんだ。爆弾が仕込んであるらしい」


 キャシアスの答えに、アリツィヤは驚きすぎてかじりついていたパンを落としてしまうところだった。


「君は墜落したあと、爆発しなかったから……コリンが調べて、爆弾が不発弾だったんだろうと判断した。それで、みんなはそのまま――殺せって言ったんだが、俺が反対したんだ」


「そう……。あなたは優しいのね」


「優しくはないさ。天使から情報を取れたら上々だと思っただけだから」


 肩をすくめたキャシアスはにやりと笑ったが、ちっとも悪そうに見えない。


「爆弾が不発なんてこと、あるのね」


「たまにあるらしい。コリンいわく、どんなに精密な爆弾でも不発のものが紛れ込んでいるとか。天使の爆弾が不発なのは初めて見たが。俺たちが捕獲した壊れた天使も損傷が激しかったから、爆発が比較的抑えめだった可能性があるとコリンが言っていた」


「――じゃあ。私の体には爆弾が埋まっているのね」


「そうなるな。実はコリンなら取り除けるだろうと思って、あいつに除去を頼んだ。君だけじゃなくて近くにいる俺も危険だからな」


「そうよね」


 キャシアスやコリン以外と接触を禁じられていた理由のひとつは、不発弾のせいなのだろうか。


 アリツィヤが考えこんでいる間に、キャシアスが続けた。


「でも、大手術になるから――やめておくってコリンが。君の体は聖都の叡智の結晶だ。大手術となると、再現する自信がないんだとさ」


「コリンって、すごい技術者なのに……それでも、無理なのね」


「ああ。聖都に行って、君たちを構成する部品や設計図を手に入れられればできるかもしれない、と言っていた」


「そう……とにかく聖都に行かないと始まらないのね」


「ああ」


 うなずくキャシアスを見て、ふと、言葉がこぼれる。


「あのね、キャシアス。私、あなたに会ったことがあるの。天使になる前に……。思い出したわ」


「俺と? あの村で?」


「覚えてなくて当然よ。私、隠れていたから。飴の缶を投げて、くれたわね」


 それで思い至ったらしい。キャシアスは「思い出した」と笑う。


「そうか……。あれが、君だったのか」


「ええ。あの飴、とてもおいしかった。甘いものなんて滅多に食べられなかったから、嬉しかったわ」


「……喜んでもらえたなら、よかった」


 そう言いながら、キャシアスは痛みをこらえるような表情をしていた。


 あのあと天使の襲撃を受けて、村が滅んで――生き残ったアリツィヤは天使になったのだ。


 キャシアスがどう声をかけていいかわからないのであろうことは、手に取るように理解できた。


「本当、すごい偶然よね。あなたは反乱軍だから、そこまで偶然じゃないのかもしれないけど」


「偶然というか、運命的と言うべきかな」


 キャシアスの言い回しに、どきりとする。


 なにか、甘い感情が興りそうになって――アリツィヤは自分を制する。


(私は半分機械だもの……。それも、爆弾が埋め込まれている)


 ぐっと感情を抑え込んで、代わりに明るい声を出してみせる。


「ね、キャシアス。私が協力するのは確定だけど……どうやって聖都を制するつもりなの?」


「――君に潜入してもらう。しばらく、通信は妨害しないから、天使を信用させてくれ。そして、こことは違う場所を指定するから、そこが反乱軍の本拠地だという偽情報を流してほしい。その後、天使軍がそこに向かう間、君は聖都に戻る」


「……わかったわ。戻ったあとは?」


「君は天使だから、中枢に侵入できるはず。俺や精鋭が聖都に攻撃をしかけるから、更に内部の警備は手薄になる。荷が重いとは思うが……君には、聖王を討ち取ってもらいたい」


 キャシアスに真剣に見つめられ、アリツィヤは先ほどとは違う感情を抱いて息を呑む。


 これは、恐怖だろうか。


「聖都には謎が多い。聖王には特に。世界の崩壊が起こったのが、二百年ほど前とされる。聖王はずっと代替わりしていない」


「聖王は、不老なの?」


「不思議じゃない。天使も不老だろ? 多分、聖王も何割かは機械なんだ」


「そっか……」


 アリツィヤは自分の手を見下ろし、相づちを打つ。


「私は……」


 生きて、帰れるのか。


 聞きかけて、やめた。


(もう、私は死んだようなものなんだから)


 自分の何割かが機械に置き換わっているか、わからない。


 キャシアスはアリツィヤの思考を見透かしたかのように、落ち着いた声音で声をかける。


「大丈夫だ」


「え?」


「なにがあってもコリンに頼んで、君を治してもらうから」


「……でも、私は」


「まだ戻れるさ、人間に。何割か機械だって、羽が生えていたって。君が望めば」


 そう請け負われて、アリツィヤは自然と口元をほころばせた。

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