第四話 真実



 気がつけば、捕らわれている部屋に戻されていた。


 ベアトリーチェはベッドの上で身を起こし、伸びをする。


 キャシアスもコリンも、ベアトリーチェに情報を与えない。


 それどころか、ベアトリーチェは彼ら以外と接触できていない。


 まだ聖都に忠誠を誓っていると、見透かされているような気がする。


(私が密かに通信しているのもバレているのかしら……)


 ぼんやり考えたとき、目に違和感を覚えた。


(なんだろ……?)


 何度かこすったが、違和感の正体はわからずじまいだった。




 それから三日後、ベアトリーチェはまた腕輪をはめられ、目隠しをされ、キャシアスに連れ出された。


 目隠しを取られ、先日と同じ山にいることに気づく。


「ねえ、キャシアス。ここにまた連れてきて、なにがしたいのよ?」


 ため息交じりに問うと、キャシアスは自分の唇にひとさし指を当てた。


「しっ。――あのひとたちを見て、どう思う?」


「どうって……。え……」


 ベアトリーチェは絶句した。


 あんなに楽しそうに働いていた人々が、苦しみにうめいて、やせた畑を耕している。


 彼らを見つめる子供は力なく木にもたれかかり、空腹を癒すためか木の枝をしゃぶっていた。


 全てのひとが、信じられないぐらい痩せこけていた。


「ありえないわ。聖都の庇護下にある人々は、みんな幸せだって……習ったのに……。あなた、違うところに連れてきたわね!? ここは、前とよく似た違う場所でしょう!?」


 叫ぶと、キャシアスに手で口をふさがれた。


「違う。あれが真実の姿だ」


「――――」


 そんな、と言いたいのに、言葉が紡げない。


「君が見ていたのは、レンズによって歪められた世界だったんだ」


 そんな事実を突きつけられても、ベアトリーチェがすぐに納得できるはずもなかった。




 また、研究室に連れていかれる。


 言うまでもなく、移動中は目隠しをされた。


「説明したけど、納得しなかった」


 コリンにキャシアスが語ると、コリンはため息をついて、机の上に置かれた透明な箱に手を伸ばした。


 箱を持ち上げ、コリンはベアトリーチェの眼前に持ってくる。


 箱のなかには水がたたえられ、丸い透明なものが浮いていた。


「これは、なに?」


「レンズだよ。君の目にはめこまれていた、レンズ」


「レンズ?」


「機械の目……とでも言えばいいかな。これをはめられた君は、視認情報を変えられていたんだ」


「うそ……」


 ベアトリーチェが呆然としてつぶやくと、キャシアスが一歩進み出て、近づいてきた。


「そもそも君は、天使はどうやって生まれると思っているんだ?」


「神に作られ、聖王のもとで目覚める……としか」


「そうか。そこからして、大間違いだな」


 キャシアスはベアトリーチェの手首をつかみ、顔を近づけてきた。


「天使は、負傷した人間を使って作られるんだ」


「作られる……誰に……?」


「おそらく、聖王に。あんたは半分人間で半分機械なんだよ」


 キャシアスの言葉は、信じられなかった。


 ベアトリーチェは、つかまれた手首を見やる。


 天使は痛みを感じない。人間と違って。


「私は、天使は人間ではないと教わったわ」


「半分は機械だって言ったろ。そのままなら死んでしまうような重傷を負った人間を、どうやってか天使という戦闘機械に作り替える。それが、聖王の所業だ」


「…………」


 驚きすぎて、なにも言えない。


「どうして、あなたたちはそんなことを知っているの?」


 ベアトリーチェの質問に、ふたりはばつが悪そうに視線をそらす。


「そう……天使を、分解したのね」


「言っておくけど、もう動かない天使だった。壊れていたよ」


 コリンが言い訳がましく言いつのる。


「ベアトリーチェ。あらためて、本当に協力してほしい。君の通信も俺たちは傍受している」


 キャシアスは手を放し、ますます顔を近づけてきた。


 予想していたことだったが、いざ明らかにされると衝撃を受ける。


「聖王や聖都は、倒すべき存在だ。だが、天使軍が強すぎて俺たちの手持ちの武器だけじゃ太刀打ちできない。君の協力があれば、違ってくる」


「待って、キャシアス。その前に教えて。聖王猊下は、どうしてそんなことをしているの? 天使を作るなんて」


「俺も理由は知らない。だが、天使を作るには人間の体が必要なんだろう。使われている人間の体は……戦争で負傷した者たちだと思う。俺の知る限り、天使に老人はいない。身体機能が衰えた者たちは使えない。そういうことぐらいしか、わかっていないんだ」


「そういえば、みんな若かったわね」


 かつての仲間を思い浮かべる。老いた者はひとりもいなかった。


「あなたたちの言い分が正しいのなら、私は人間だったのよね? どうして、その記憶がないの?」


「推測するに――記憶が末梢されている。脳をいじるのは難しいんだが、聖都にはその技術があるんだろう。ただ、視覚をレンズで調整していたのを見るに、継続的に脳に働きかける装置ではないはずだ。一度だけ、なんらかの方法で記憶を消去した……と考えられる」


 コリンの説明に、キャシアスは何度もうなずいている。


「私の記憶は、戻る?」


「記憶を封じたという形なら、きっかけがあれば戻るだろう。僕らも、協力するよ。君の記録がどこかにないか。だから、協力してくれないか?」


 コリンにも請われ、ベアトリーチェは身を縮こまらせた。


「……考えてみるわ」


 今すぐに結論が出せる話ではなかった。


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