第三話 捕らわれの日々



 それから、ベアトリーチェの新しい日々が始まった。


 あの部屋から移動させられ、小部屋に閉じ込められた。


 鍵は外からしか開けられない仕組みで、高いところにはめ込みの窓がある――という、明らかに虜囚りょしゅう用の部屋だった。


 そして、相変わらず足枷をされていた。


 食事は毎日、キャシアスが届けてくれた。


 そのときにたわいない話をする。


 ベアトリーチェは気づいてしまった。


(キャシアスは、私に大事なことは言わない)


 ここが北部のどこか、どういう組織なのか。


 そして、キャシアスに「私の体にまだ壊れているところがあるみたいなの」と申し出たが、


「必要なところはもう、全部直したってコリンが請け負っていたよ。どこが壊れているんだ?」


 と逆に聞き返された。


 追跡装置、とは言えなかった。


 あれが発動していればベアトリーチェの居場所がわかり、反乱軍の拠点が明らかになる。


 もちろん、それはキャシアスが望んでいないことだろう。


(追跡装置は壊れたんじゃなくて、コリンに壊されたか取り除かれたんじゃないかしら)


 追跡装置はベアトリーチェの体の奥深くに埋まっていたので、そうそう壊れるものではない。


 キャシアスはベアトリーチェを助けろと言ったらしいが、警戒を怠っていない。


(よく、わからないわ。あのひと)


 一週間が経過した日、キャシアスがベアトリーチェの部屋を訪れた。


「きちんと修復できているかどうかたしかめたいから、君の検査をする。一緒に来て」


「……わかったわ」


 キャシアスがベアトリーチェの足枷をつなぐ鎖をベッドの足から外し、そのまま鎖を持つ。


 キャシアスに前を歩くよう促され、ベアトリーチェは久々に部屋から出た。


 開放感を味わい、思い切り深呼吸をする。


 といっても、廊下の空気は部屋のそれとそんなに変わらない。


 目覚めたときにいた部屋に案内された。


「ここは研究室だ」


 とキャシアスが説明してくれる。


 研究室には、コリンが待っていた。


「やあ、ベアトリーチェ」


「……どうも」


「どこか、おかしいところはない? 修復には、聖都の部品を使えなかったからさ。違和感があるといけない」


「大丈夫よ、今のところ」


「そうかい。まあ、一応色々とみておこう。そこに横たわって」


 ベアトリーチェは、ベッドの上に横たわった。


 コリンが黒い棒を持って、ベアトリーチェの体を撫でていく。


 棒は機械だったらしく、きゅいんきゅいんと不思議な音を鳴らしている。


「よし、異常なし。……しかし、すごい技術だよな。天使っていうのは」


 コリンがつぶやいたところで、キャシアスが肘でつつく。


「なんだよ、感心しているだけだろう」


「分解しかねない表情だったから、つい」


「しないよ、さすがに」


 ふたりが言い合っているのを見て、ベアトリーチェはおかしくなってしまう。


「検査も終わったことだし、ちょっと外に出るか。コリン。彼女を外に出られるようにしてくれ」


「はいはい」


 コリンはベアトリーチェの腕に腕輪をはめた。


 バチッ、と音がして力が抜ける。


「すまないね。これは君の能力を制限する腕輪だ。出力が大きい動作――飛行はできなくなる。歩くぐらいはできるだろう?」


 コリンは心底申し訳なさそうに説明してくる。


 ベアトリーチェは起き上がり、よろよろとベッドから下りる。


 散歩ほど歩いたところで、ふたりにうなずきかけた。


「歩けるわ」


(逃げられないようにしたのね……まあいいわ)


 外に出られれば、少しは情報を取れる。聖都の役に立てるのだ。


「じゃあ、行こうか」


 キャシアスはベアトリーチェに自分の上着をかけ、羽を隠してくれた。


「ええ」


 答えた瞬間、ベアトリーチェは後ろから目隠しをされた。


「コリン? 私、味方だから、こんなことはやめて」


「悪いけど、規則でね。さあ、行って」


「大丈夫。俺が先導するから」


 不安になったベアトリーチェの手を取って、キャシアスはささやいた。




 どのぐらい、歩いたことだろう。


 音だけではどんなところか、ほとんどわからなかった。


 ただ、たくさんのひとの声が行き交っていた。




「着いたよ」


 目隠しを外されたのは、山の上だった。


「ここは……」


「ほら」


 キャシアスが示した先には、畑を耕す老若男女がいた。


 皆、笑って歌って作業している。


「反乱軍のひとも、幸せそうね」


「あれは反乱軍じゃない。あそこは聖都に従属した国の辺境だ」


 答えを聞いて、ベアトリーチェは目を見張る。


「そうなんだ……。でも、楽しそうだわ」


「――楽しそうに見えるのか?」


「ええ。笑ってるし、歌ってるもの」


 ベアトリーチェの言葉に、キャシアスは凍りついていた。


「みんなを見ている子供も、ふくふく太ってかわいい」


 見たものをそのまま話しただけなのに、キャシアスは厳しい表情になった。


「……なるほどね。帰ろうか、ベアトリーチェ」


「え? もう?」


 ベアトリーチェは、あたりを見渡す。


 茫漠ぼうばくたる山岳地帯は、見ただけではどの地域かもわからない。


(全然、情報が取れない……)


 絶望するベアトリーチェに、また目隠しがされた。




 帰って、また研究室に通される。


 目隠しを取られ、ここがどこか把握してベアトリーチェはため息を吐いた。


 キャシアスが小声で、コリンに何事かを話している。


 なんだか、嫌な感じだった。


「もう少し検査をしないといけないみたいだね。ベアトリーチェ。これを飲んでくれ」


 コリンが引き出しから錠剤の入った瓶を取り出し、そこから取った一錠を渡してくる。


「……なにを検査するっていうの?」


「いいから。飲んでくれ」


「――わかったわ」


 コリンの言葉とキャシアスの鋭い視線に促され、ベアトリーチェは仕方なく薬を飲んだ。


 しばらくすると、眠気がやってきて――倒れかけたところを近づいてきたキャシアスが支えてくれた。







 ベアトリーチェを机に横たえ、キャシアスはコリンにうなずきかける。


「眠ったみたいだ」


「了解。……さあて。どこに潜んでいるのかね」


 コリンはベアトリーチェのまぶたを開いて、じっと見つめた。


「ああ、やっぱりここか。脳はあまりいじれないはずだから、仕込まれているならここだと思ったんだ」


「ここって……目か?」


「そう。眼球の上に薄いレンズがはまっているな」


 コリンは慎重に、レンズをはがそうとする。


「指でやって大丈夫なのか?」


「ピンセットじゃ、逆に眼球を傷つける。天使は何割かは生身だからね。全身機械なら、もう少し気楽なのに」


 コリンはベアトリーチェの両目からレンズを外し、水を張ったガラスの箱に収めていた。


「一応、これを検査してみるよ。間違いないと思うけどね。苦しそうに働く人々が幸せに見えて、飢えて痩せ細った子供がふくふくした子供に見えるよう――レンズによって、映像のすり替えが行われているというのは」


「……そりゃあ、天使が聖王や聖都を崇めるはずだよな」


「完璧な洗脳だね。――じゃあ、ベアトリーチェを戻してくれ」


「はいよ」


 キャシアスはベアトリーチェを背中に担いだ。

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