第二話 少年 2

 扉が開く音がして、慌てて姿勢を正す。


「よう。食べ物を持ってきてやったぞ」


「……ありがとう」


 キャシアスは盆を差し出した。皿に乗っているのは、丸いパンと薄いハムだけだ。


 聖都の食事に比べると、ずいぶん質素だ。


 キャシアスは盆ごと、ベッドの上に置く。この部屋のテーブルの上にはもれなく機械が載っていて置くところがないからだろう。


 しかし文句は言えず、ベアトリーチェはパンをかじった。


「なんかコリン怒ってたぞ。怒らせないでくれよ。あんたを直せるの、あいつぐらいなんだから」


 キャシアスの言葉が不思議になって、思わず尋ねる。


「どうして、あなたたちは機械を使えるの? 機械は『失われた文明の遺産』で、聖都独占の技術でしょう?」


「失われた文明の遺産……ってのは正しいけど、別に聖都が独占していいって決まりがあるわけじゃない。ほぼ独占したから、世界征服できただけだよ」


 キャシアスは、椅子に腰かけながら皮肉げに笑った。


「あんた、歴史はどういう風に教わったんだ?」


「かつて栄華を極めた文明が滅び、聖都のひとびとだけが生き延びた。そのなかから選ばれた聖王が混乱した世界に秩序をもたらした……だけど」


「なるほど。俺の知る歴史とだいぶ違うなあ」


 キャシアスは懐から丸い缶を取り出し、それを開いて見せてきた。


 色とりどりの飴が入っていて、目を輝かせそうになる。


 聖都では、飴は出なかった。


(あれ? じゃあどうして私、飴って知ってるのかしら)


 勝手に知識がインストールされていたのだろうか?


「飴、いるか?」


「もらうわ」


 つんとすましながら、赤い飴を取って口に入れる。


 酸っぱさと甘さが同時に広がり、ベアトリーチェは微笑みそうになる。


 キャシアスは缶をしまい、続けた。


「本当の歴史を教えてやろう。文明が滅んだのは本当だ。原因は、戦争。各国が敵対して核爆弾っていうとんでもない武器を使って攻撃し合ったせいで、世界は一度滅んだ。……助かったのは、シェルターに避難していた人々と核爆発から遠いところに住んでいた者だけ。戦争では各国の発電所も狙われた。爆心地から遠いところに住んでいた人々は助かっても、電気のない生活をするしかなかった」


 キャシアスの語りに、ベアトリーチェは飴を舐めながら聴き入る。


(なんでだろう……。すごく、しっくり来るわ)


 聖都で聞いた話よりも。


 聖都がうそをついているはずがない。それなら、キャシアスのほうがうそつきなのだ。


 うそつきだから、話がうまいのだろうか。


「一方、シェルターに避難していたひとたちは機械を使っていた。小さな共同体でも、そこには機械文明が生き続けていたんだ。それが聖都の起源。いつ聖王が立ったのかは、正確に知らないが。機械の武器を持った聖都が、鉄の武器しか持たない地域を制圧するのは簡単だった。俺たちは、発掘された機械を使っているだけだ。たまに、コリンみたいな天才がいてね。そういうひとたちのおかげで、武器をはじめとする失われた文明の技術が使える」


「……なるほどね」


 つぶやき、天井を見上げる。


 部屋を照らす、天井につるされた灯りは、火の灯されたランプだった。


(電気は存在するけど、極力――使わないようにしているのかしら)


 聖都での灯りは全て電球だったから、不思議だ。


「ねえ、キャシアス。仲間になるために、聞いておきたいの。どうして聖都に敵対するか」


「……ああ。理由は簡単だよ。聖都の天使軍は従わないやつを殺すから」


「待って。そもそも従わない理由はなんなの?」


「聖都は聖都の住人以外を奴隷扱いするじゃないか。そんなの平等じゃないだろう」


 キャシアスに鋭い声で言われたが、ベアトリーチェは眉をひそめる。


(また、うそだわ。聖都は従属した国家は保護して、そこには飢えもなく、労苦もないと聞いているわ)


 キャシアスは、一体誰にこんな凝ったうそを教えられているのか――疑問でならなかった。


「まあいい。いつか、見せてやるよ」


「……うん」


 なにを見せるというのだろう。


 不思議に思いながらも突っ込んで聞く気になれなくて小さくうなずくと、キャシアスは微笑んでベアトリーチェの頭に手を置いた。


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