第二話 少年



 次に目を覚ましたのは、固いベッドの上だった。


 ゆっくりと起き上がり、損傷を確認する。


 ベアトリーチェは白い軍服ではなく、色あせた青色のワンピースを着ていた。


(誰かに着替えさせられた……?)


 そおっと体をなぞっていく。


 墜落するほど深く傷ついたはずなのに、傷跡がない。


(そもそも、ここってどこなの?)


 きょろきょろする。なんの装置かわからない機械がたくさん積まれている。


 それほど広い部屋ではなかった。物が多すぎるだけなのかもしれないが。


 ベアトリーチェはベッドから下り、足枷がはまっていることに気づく。


 自分は敵の手に落ちたのだ――。


 薄々わかっていたことを突きつけられ、うなだれた。


 いきなり扉が開かれ、ベアトリーチェは身を強ばらせる。


 武器はない。体術は習ったから、接近したときに食らわせれば。


 つらつらと考えているうちに、入室した少年が小首を傾げた。


「あれ? もう起きたのか」


 下ろせば背中の真ん中まではありそうな黒髪を無造作に後ろで束ねており、目の色は灰色がかった緑色だった。


 顔立ちは端整で、鋭い凜々しさをまとっていた。


「そんなに警戒しなくていいって」


 彼が笑うと、雰囲気が少し和らぐ。


 年齢は十七歳ぐらいだろうか。


「あなた、敵でしょう。警戒するに決まってる」


「……敵、ね。まあ、天使さんからすれば敵かな」


 彼は笑顔のまま、一歩近づいてきた。


 ベアトリーチェは後ずさる。


「俺は反乱軍の戦士だよ」


「やっぱり! 敵じゃない! 私を捕まえて、どうするつもり? ううん、なにをしたの……!?」


 ベアトリーチェが取り乱すかたわら、少年は冷静な態度を崩さない。


「変なことはしてないよ。俺じゃなくて、仲間があんたを修復した」


「どうして、直したの? あのミサイル、あなたの仕業でしょう」


「そうだよ。正確に言えば、俺の仲間たちがやったことだけど」


 彼は悪びれもせずに肯定する。


「できれば俺たちの仲間になってほしいんだ。無理なら、君は――残念だけど……」


「処分するの?」


「そこまでしないよ。ただ、ずっと閉じ込めないといけないかな」


「……誰が」


 そんなことをするものか、と言いかけたところでベアトリーチェは思い至る。


(私に逃げ場はないんだ。ここは反乱軍の住処なんだから……)


 聖都に帰る方法があるとすれば、彼らの信頼を勝ち取り――最後に裏切ればいい。


「私に選ぶ権利なんて、ないようなものね。……わかったわ」


 素直に承諾しては怪しまれるので、ベアトリーチェは渋りながら答えた。


「そう。よかった。俺はキャシアス」


「あなたがリーダー?」


「まさか。俺は下っ端だよ」


 話していると、また扉が開いて誰かが入ってきた。


「あー。ちょうどよかった。こいつがコリン。あんたを直した凄腕の技術者だよ」


 キャシアスが、ひょろりとした背の高い青年の背を叩きながら紹介する。


 青年は灰色の髪で、分厚いめがねをかけているせいで目の色はうかがいしれなかった。


「予想より早く目覚めたな」


「だな。天使ってなにを食べるんだっけ? なんか持ってきてやるよ」


 キャシアスは、さっさと話題を変えていた。


「私たちは普通の食べ物を食べるわ。機械の体でも、ちゃんと栄養素をエネルギーに変換できるんだから」


 面食らいながらも、ベアトリーチェはつんとすまして答える。


「あらためてすごい技術だよ、全く。敵ながらあっぱれ」


「おいおい、コリン。褒めてる場合じゃないだろ。……んじゃあ、俺は食事を取ってくる。コリン、色々と説明してやれ」


「え!? おおい、キャシアス……」


 コリンが困っているのにもかかわらず、キャシアスは出ていってしまう。


(ものすごく、マイペースなひとなのかしら……)


 ベアトリーチェが腕を組むと、コリンは眉を下げて向き合った。


「言っとくけど、君を助けようって言ったのはキャシアスだからね。ああ見えて、お人好しなんだよ。僕は反対したけど……」


「え……?」


「僕らにとって、君たちは殺戮機械だからさ」


「聖都に従わないんだもの。しょうがないじゃない。従えば楽園になるのに、どうして反乱なんて起こすのよ」


 ベアトリーチェが問いつめると、コリンは苦い顔をした。


「やめた。やっぱり気が向かない。説明はキャシアスに頼め」


 そう言い捨て、コリンは出ていってしまった。


(私、間違ったこと言ってないわ)


 頬をふくらませたところで、耳に内蔵している通信機に通信が入った。


『――ベアトリーチェ――応答せよ――。生存……いるか――? こちら……エマヌエラ』


 音声ががびがびで、誰の声かわからないほどだった。


「はい。一応、生きてるわ」


『あら……よか……った。そこは……どこ? あなたの……追跡装置……壊れているみたい』


 エマヌエラの声が少し明るくなる。


「反乱軍の拠点みたいですが、詳しいことはよくわからないです。潜伏し、味方のふりをして情報を取ります」


『心……強いわ。了解。……頼んだわよ』


「はい。隙を見て、連絡を入れるので」


『了解。……聖王猊下にも伝え……おくわ』


 そこで通信が切れた。


 通信機能が生きていて助かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る