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X-X.Next
死に損なった、といえば多少は格好がつくのだろうか。
五体満足、大きな後遺症もなしで生き残れたのは奇跡らしい。まあその分全身に残る傷は酷いものだし、小さいものだが顔にもしっかり残ってしまった。
幸い前髪を流せば隠れる程度のものだ。髪型の変更を要求されたが特に不都合もないしいいだろう。
後遺症にしても手のしびれが残ったものに対してリハビリを受けている状態だ。
後遺症が残ったのが利き手だったのが問題だった。特に肩が上がらないことを年寄りだと自虐したら滑りに滑ったので、逆手で箸が使えるまでに練習したとも。空気を悪くした様で申し訳ない。
ついでではあるが幸い留年は免れた。いや、ホントによかった。元々俺の学力自体は平均より上をキープしていたが試験や進級に関する単位の取得などいろいろと取り計らってもらった結果だ。
いや、マジであの妹と同学年になる可能性があったことを考えると本当に良かった。というか助かった。
それ以外のちょっとした変化としては、俺が画面が割れたままのスマホを使っているということくらいか。
なんか俺が知らない、正確には知っているがあるはずの無いデータがちょっと引くぐらい入ってきているからだ。そう、現在進行形でデータがどこからか送られてきているのだ。
元々入れてあったのはカメラがゆっくりと回り始めマカミを映しサティを映し、てとてとを頭に乗せて仁王立ちするメシエが映るというもの。特に何という事もない、何の面白みもない映像。
俺が出会った友人を、短くしかし長い旅路を共にした仲間との思い出を残したかったという思い、その残滓だ。
それが俺が病院で意識を取り戻してからしばらくして徐々に情報が送られてきたのだ。
懐かしいとは言えない。その映像を手掛けたのがつい昨日のように思い出せる。
サティのワールドツアー、その始まりだったのだ。
俺が退院する頃にはワールドツアーは俺の知る場面まで進む直前だった。
あれ以降、俺は彼女たちと会っていない。このボロボロのスマホの中にだけ彼女たちが歩んだ足跡が残っているのだ。
映像データは俺のぼろぼろのスマートフォンに入っている記憶容量とデータカード一枚だけ。そこにしか存在しない。
確かに俺の中にしか存在しない記憶と記録ではあるのだが、勿体ないと思ってしまった。
俺も事故で頭がおかしくなったのかもしれない。最初に相談した相手があの妹だ。というかなんとなくこいつに見せたら面白いんじゃないかと思って見せたのが間違いだったのかもしれない。
結果サティが割と好みにハマったようだ。
どうやらこの映像を俺が作ったものだと勘違いした妹に、動画サイトに投稿しないのかと言われて思わず思考を止めてしまった。
いや、目の前の相手ならそう言う可能性は十分にあったはずなのになぜそれを思いつかなかったのか。
なんとなくサティやメシエありきのあの映像を投稿するのが悪いことのような気がしていた。
代理投稿と言えばそうなのだが、そもそも許可を取ってないし。配慮の必要があるものがあるかもしれないし、そう言えば俺いろんな遺跡で映像撮ってなかったっけ? え、現地からの反応とか大丈夫なのか?
いろいろ考えてみたが、結局俺は映像を投稿しておくことにした。
所謂Vlogと呼ばれる形式の旅の記録とでも言えばいいのか。それと合わせて撮影スタッフ側としてコメントや映像から切り取った画像をつかった彼女たちの旅の記録をウェブログに残すことにしたのだ。
投稿した映像の再生数や映像とは別のブログのアクセス数なんかは気にならなかった。
元々ない文章力で人が集まるなんて思わないし、比較的淡々と記録を残すだけのものだったと思う。
それがいつの間にやら動画の再生数やブログのアクセス数も伸びてきて彼女たちのことを知ろうとする人も増えてきた。
いつの間にか彼女たちのマネージャーにまでなった俺の元に届くコメントは当然その旅を応援するものだけではない。直接言われたわけではないのに心を抉られるような誹謗中傷もあった。
特に映像の中にある世界については議論が止むことは無かった。大方が合成映像であるという見方であったが俺にとってそれはどうでも良かったのだ。
ただこうして彼女たちという存在が確かにいたという事を知っていてくれるのならば。
動画を編集しブログの記事をまとめていくうちに、その作業にも終わりが見えてきた。
俺が覚えているのはあの赤い瞳に睨まれたあの時。
あの後俺は彼女たちのリスナーであることを忘れていたように思う。
多分彼女たちの旅の続きを欲している人は多いだろう。かくいう俺も彼女たちの旅の続きを見たいとは思う。
しかし、俺と彼女たちを繋ぐモノはこのスマートフォンぐらいしかない。
メッセージを返信したところでエラーが返ってくるだけだ。
なんて言葉を濁したところで言いたいことは一つ。俺は彼女たちに会いたいのだ。
会ってどうするか。謝罪一択だ。二人を置いて行ったら誰が面白い動画をとるというのだ。
いや、彼女たちの学習能力は素晴らしいものだ。見る見るうちに撮影技術が上達し俺には想像もつかない映像を撮影しているかもしれない。
それを除いたとしてもマカミを預かった責任が俺にある。せめてあいつがちゃんと大人になるくらいまでは見ていたかった。見ているべきだった。
あいつは元気にしているだろうか。謎猫も、まああいつはメシエが可愛がってるし大丈夫だとは思うが。
あの海底から次はどこに行くと言っていたっけ。北上して西に行くか東に行くかだったか。いや、行けるのか? あの世界あの星の瞳辺りはやたら海が深くなっている印象があったんだが。
どうあれ、サティは旅を止めないだろう。メシエも手伝うようだし他の仲間もいるようなことを言っていた。
案外、というかそもそも俺は必要ないのかもしれないな。いや、シンプルに一人のリスナーとしてはこれくらいの距離感の方がいいのかもしれん。
リハビリが優先事項になってから動画サイトを見る時間が増えた。動画や生配信も見た。まあ見ている側も人間が相手だという事は理解できているのだろう。何というか思ったより常識的な人間のやり取りが多かった。
とはいえ、やはり無法地帯。いや、思ったより常識的なやり取りを見たからそういうのが悪目立ちしているだけか。
ホーン効果、ネガティブハロー効果のほうがイメージしやすいか。いっそネットには悪意しかないかのようなイメージすら持っている人もいるだろう。一つの悪意に周囲が歪められるあの効果が遺憾なく働いているような気がする。
はっきりと意見を口にする人間と見ているだけの人間。それらがいる中で声を上げた人間の意見だけがあたかも代弁者が如く抽出されてしまうのが今の配信者を取り巻く状況だ。まあ当然その逆も然りなのだが。
投稿者ももちろんだがコメントする人間にも当たり前の良識が求められる。とはいえネットとリアルは違う場所だと思っている人間も多いだろう。実際配信者の配信次第で雰囲気やコメントの民度などが正反対だ。こればかりは様々な配信者の配信を見なければわからなかっただろう。
いや、ホントどう考えても治安が悪いのに視聴者数が多い配信者というのは精神が鋼で出来ているのではないだろうか。まあもちろんトークスキルだったり豊富な語彙力がその下支えをしているし見るだけなら面白い人もいる。ただコメントがその正反対だったりで近づき難さというのはどうしても存在する。ファンとアンチの
有名配信者がネットニュースになることも珍しくない。何ならアイドルとスキャンダルを起こした配信者だっているくらいだ。
芸能人よろしく話題になった配信者はSNSやコメントで無限に叩かれて擦られているような印象すらある。迷惑系と呼ばれる配信者とはいったい。
そういう意味では都市伝説化しているサティはまだマシなのか。
とはいえ実際彼女らに対するプラスの感想は彼女たちへの賛辞に見えるのに、マイナスの感想、何ならブログの筆者である俺に対する感想を見ていて思う事もある。
ベッドに倒れ部屋の明かりを腕で遮りながら思うのは彼女たちの有りようだ。
旅をしながらも人間に対する興味が尽きないようだった。配信者という世界では世界を股にかける彼女には狭く偏った世界のような気がするのだ。まあ俺にとってはとてつもなく深い世界ではあるが、所詮俺はこの世界にいる一人の人間でしかない。俺はまだ何も知らないのだ。
サティの気持ちがほんの少しだけわかった気がした。世界を巡るという旅がどれほど途方もないことか。
この町で言えと学校を往復し、たまに病院に行って時折遊びに行くような生活。俺が彼女たちと過ごした日々で言えばたった一日で見ることが出来る範囲。
見るものすべてが新しく、彼女たちと旅をしている間は退屈している暇なんて無かった。
世界の広さというものは本当に際限が無い。ネットの海が世界中に広がっていることを思えば、様々な文化があり様々な人がいるというのも道理だろう。
こういった環境に触れるのも彼女たちのためになる。というか、彼女たちが人間を知る助けになるだろうと思うのは少し歪んでいるだろうか。
要はこちらにアクセスできればいいのだが、そんな超未来技術を俺に開発しろというのは大分無茶な気がする。そもそもこちとら一般学生。宇宙や月までの心理的な距離や未来を描いた作品にも追いついていない今の状況で、何の知識もない学生が手を伸ばすにはあまりに遠すぎる目標だ。
俺は半ば諦めていたのだろう。彼女たちとの旅の記録を残して、足跡を残して、それで。それで?
俺が彼女たちとの再会を諦めていたからなのだろう。現実的に考えて、という枕詞が予防線扱いになるのはそもそも状況的に追い込まれているからだ。余裕があるなら現実的というのは確実性が多分に含まれるものでもあると考える。
そして俺の人生という時間では足りない、余裕があるとは思えない。
こればかりは何度考えても非現実的なのだ。だからこそこうしてベッドに横になって頭を抱えているのだ。
どうすればいいのか。そんなことを考えながらスマートフォンのバイブレーションに反応してセンサーに指を置く。
送信元宛先不明の情報の受信。そしてこの短い間に見慣れた文字列にもなっていない記号の羅列。
彼女たちからだった。送られたデータは映像。まだ送られていなかったデータがあっただろうか。
映像には懐かしさを感じる、新たな彼女たちがいた。
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