7-4.わんわん



『このモ、猫羊を研究しましょう』


 メシエのその言葉にナとメの間のような文字にし辛い声で悠長に鳴き声で反応する謎毛玉はずいぶんと気が抜けているようです。

 それが東へ向かう車内でなければあなたも特に気にはしなかったでしょう。

 捨て猫を拾ってきた子供に母親が申し渡すように返してきなさいと伝えるあなたはまさに保護者の鑑と言えるでしょう。


『何故ですか』


 全力の直球勝負。メシエは臆面もなく言い放ちます。

 確かに一般のご家庭で急に動物を飼うとなると飼育にかかる費用といった経済的な面、世話をするための時間的負担に場合によっては身体的、精神的負担。そして一つの命を育むということの意味を大人としてわからせようとしましたが、それが意味の無いことに気が付きました。

 そもそもその手の動物は保護した段階から責任が生じます。人のようにただ一度、不意に親切にしてみたでは通用しないのが保護猫保護犬保護ペットの世界です。

 命は助けた。それは間違いなく素晴らしい行いですが、大人であればあるほどその後のことを考えなけばならないのです。道徳的、社会的にいつも誰かがしわ寄せを受けているのがこの世界だとあなたは思っています。やや偏っているとは自覚しているようですが。

 しかしその前提は今はありませんので特に考慮しなくていいでしょう。


『猫羊はコミュニティは持ってるけどどちらかと言えば単独行動を好む種だし大丈夫だと思う』

『車内に成育環境を再現しましょう。猫羊の情報を』


 返しに行くぞー。


『えー?』

『貴様、理由を言いなさい』


 食事は?


『大丈夫です。ある程度持ってきています』


 その謎毛玉の寿命ってわかる?


『どうだろう。数十年くらいかな』


 メシエが一生面倒見るならいいけど。


『基本的に調査のために成育しますが、調査後はどうしましょう。貴様、私のもふもふ担当になりますか?』


 ナとメの間のような文字にし辛い声の猫羊は丸まってメシエの膝上に収まっています。停車した車内で向かい合っている貴方たちですが油断するとついつい手を伸ばしてしまいそうになる魅惑の毛玉です。

 どこかひとところに定住しているならともかく、旅をしている中で行動が読めないこの猫羊をメシエが御することが出来るのだろうかとあなたは考えます。

 サティはどちらかと言えば先ほど会った角狼のようなタイプだと考えたあなたは、融和性もありサイズから予想される4つ足の力強さをもつ彼らであれば踏破能力も環境適応能力も高く旅のパートナーとしては適当ではないだろうか。そこまで詳しい知識もなくイメージ優先であなたはそう結論を出しました。


『角狼?』

『サイズが大きすぎます。それに先ほど貴様が言った食料の問題もあります』

『量子化できる量もアップデートしてあるから数年分は大丈夫なんだけどね』


 そのことについてあなたは考えます。この辺りに来るまで動物類は見なかったが彼らの生存域はどうなっているのかと。その答えはやはりサティから出ました。


『この辺りだけじゃなかったかな。東の海岸線までいるにはいるけど性質が穏和なのはこの辺にいる種類が確実だね』

『星裁の影響に敏感なのでしたか』

『そう。ここより東側の方が雑多で豊富な生き物がいるよ』

『そこで生き物が生息しているという事はこの先にも食料があるという事では?』


 それでもだめ。あなたは一も二もなく否決します。

 これまで彼女たちのやることなすことに唯々諾々と従ってきたあなたですが流石にこれを取れ高がありそうだと許可することはできません。なにより彼女たちとあなたとの間にちょっとした思い違いを感じています。


『まあ私にとっては観察対象以上ではない、かな?』

『私は新たな部下にしてもいいと思っています』


 きっと彼女たちが動物と戯れる映像は高評価にあふれてたちまち拡散され多くの人々がその動画を見に来るといった事態になるだろう。それは良い。しかしそれではダメなのだ。

 ペットで稼ぐことに対してあなたは特に反感を覚えることはありません。その命がきちんとした管理の下で健全な生活を送るものであるのならば。

 人によって加減はあるでしょうがペットに対して可愛がるだけではなく、人との共同生活を送るうえであなたは躾けは必要であると考えるタイプです。

 この二人にそれが期待できるかと言えばノーです。少なくとも今は。


 ですのであなたの答えは変わりません。

 連れて行くくらいならあの場所で動物の世話をして家族として迎える心構えが出来てからにしよう。

 そういったあなたの足元には小型犬サイズで角もほとんど出ていない角狼が寝そべっています。彼は車に興味津々で乗り込もうとしてはあなたに下ろされそれでもあなたの裾を噛んで引き留めようとしたので、あなたが仕方なく引き取ることにした角狼です。


『その子はズルくない?』

『言葉を理解している個体ですか? 元々融和性の高い種というのは聞いていましたが』


 俺は良いんだよ。こいつを立派な一人前まで育てることにしたんでな。


 そう言いながらあなたは足元で伏せている角狼のふわふわの尻尾を堪能するのでした。


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