そこにあるもの

7-1.とんとん



 どこまで行っても草しか生えていない。いや笑いではなく。

 あなたは久方ぶりの運転にテンションを挙げてハンドルを操作しています。生い茂る草地に路面状況が把握できないというアクシデントがありましたがメシエが何とかしてくれました。やはり持つべきものは何でもできる上司です。

 あなたはフロントガラスに投影される路面状況を見ながらも運転を続けています。時折窪地のような場所に突っ込もうとしてしまいますが今のところ回避できています。

 なんなら一度隠れていた小川に突っ込みそうになった時もありましたが徐に停まり切り返して道を引き返したりしています。

 オノマトペにハマっているメシエにこういう時はどういう表現をするのかと問われ、ノロノロ、ダメダメ、ついでにブーブーや再現度に自信のあるとあるゲームのラスボスが使ってくる技のSEを教えましたがサティのように完璧な真似をするわけでもなくふうんと鼻を鳴らしてスルーされてしまいました。

 彼女は知っていたのかもしれません。その程度の再現度では宙の法則が乱れることがないということを。いえ、再現度も何も関係ないのですが。


 フロントガラスに投影された地形からマップを再現できるようにアップデートされてからは時折タイヤがスタックしそうになるくらいで比較的平和に草原を走り抜けるあなたたちですが、比較的見通しのいい草原に入ったタイミングでスピード狂の性がうずいたようです。


『ね、ちょっと運転代わってもらっていいかな?』

『性能試験は済んでいますよ』

『ちょっと運転したくて』

『速度制限を設けます』

『……あんまり遅くしないでね?』


 そうしてサティが運転するあなたの相棒はご機嫌な様子で丘陵地帯をかけてゆきます。やればできるタイプであるサティの運転に感心しながら向かい合ったメシエと話をします。

 この車の後部座席は進行方向を向いているシートを90度回転させることで文字通りに膝詰めで向かい合うことが出来ます。


『何を聞きたいのですか』


 あなたはインタビュー形式でメシエの深掘りをしようとこの機会を設けました。

 せめて車を停めてからにすればよかったのでしょうが、乗っているだけだとどうしても手持無沙汰になってしまう質のあなたが我慢できずにこのような企画を思いついてしまったせいです。


 最近のマイブームは。


『マイブーム。……そうですね、オノマトペとかいう短縮言語でしょうか』


 一応オノマトペは擬音語って意味らしいですよ。


『擬音。……やはり短縮言語ですよね? 自動4輪車両がブーブーになるんですから』


 そりゃ基本的に走ってる時の音なんだわ。まあ自動車が動いてたらブーブーかもしれんが。


『それならやはり短縮言語では?』


 そうかもしれない。

 それなら最近お気に入りのオノマトペは。


『わくわく、です。興味や関心がある状態を表現するものだと思いますが』


 あ、こう、握り拳で言ってみてくんない?


『? わくわく。……? こうですか? わくわく』


 ありがとうございます。

 では本日の装いについてお尋ねしても?


『ああ、これですか。風を感じるには首を出すのがいいと聞いたので』


 首、手首、足首と全部出てますね。


 あなたの目の前のメシエはいつの間にか深窓の令嬢にクラスチェンジしたかのような可愛らしいワンピースを身にまとっていました。

 ホルターネックと腰回りは黒いラインでシルエットをすっきりと見せていますがオフショルダーの袖とスカートは見るからにふわふわでサイズ感を鑑みれば可愛らしい印象になるところを彼女の持つ雰囲気が出来る令嬢風に仕立て上げています。

 髪型も緩く編んだおさげの可愛らしい印象なのにメシエという少女であることだけで随分と固く冷たい印象になっています。

 あなたはそれを悪いとは思っていません。わくわくと口にすれば僅かに雰囲気が緩みギャップとして彼女の魅力が引き立つと直感したのでワクワクさせることが今後の目標となることは明らかです。

 彼女の映像を収める自分が彼女の魅力を引き立たせることが出来なければ、ここにいる意味がないのではないかということに気付きます。今の貴方は運転すらしていないので。


『あなたはどう見ますか』


 メシエから感想を求められたあなたは反射的に返します。


 ワクワクします。


『わくわく、ですか』


 ドキドキもします。


『どきどきですか? それはどういう意味ですか?』


 いい意味で緊張するって意味かな。


『緊張。……よくわかりませんね。ふむ。どきどき』


 何事か考えこむメシエにあなたは納得します。ああ、緊張とかしたことなさそう、と。あなたの思うメシエは出来る上司であるのでいい意味でマイペース、無表情、無感動のイメージです。もちろんそれが印象だけという事も理解しています。

 サティはテンションの揺れが無く、テンションの段階レベルがきっちりしている印象でしたが、メシエはその振れ幅が人より小さいだけなのだろうと。


 次はどうしたものかとあなたが考えていると、車がゆっくりと止まりました。


『着いたよー!』


 サティの声に前方を見れば、そこは木々に囲まれた美しい湖が広がっていました。そして湖の反対側には動いている影が見えます。

 あなたはこの世界で初めて動物を発見しました。


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