6-X.調査機サテライトとの共同調査経過報告



 我ら機械生命体群にとって眠りとは終焉を指す。理由如何に関わらず終わりを悟った者たちが自ら機能停止に陥る現象だ。ただの機能停止と違うのは再起動が行われないという点。

 我らは機械生命体と言いながらその命が極端に長い。わたしも幾度も体となる機械を乗り換えて今は太陽系監査機となっているだけで、過去には機械生命体のコロニーで稼働していたという記録がある。そう記録だけがある。

 明確な記憶は記憶媒体が取り外された時点で私の元から離れる。核となるコアには大雑把な履歴だけが残るという寸法だ。

 当然納得している。記憶を奪われるのは個体の尊厳を著しく損なっていると主張していた集団がいたが、私からしてみれば定期的にログを切除するのは理に適っているとしか思えない。

 大抵何かしらの使命に邁進し、その役目が解かれた途端に自らの帰属意識があやふやになってしまう機械生命体がいて、そういった者達がそういった主張をするのがほとんどだ。

 私は一時期凍結されていた時期もあるが、基本的には仕事を持っていることの方が多かった。だからこそ理由に関わらず多くの機械生命体の終わりを見てきた。

 先ほどの眠りの先だ。簡単に言えばスクラップになる。

 圧壊し融解し抽出する。我らの命はまさしく循環している。先の時代を生きた者達が次の時代をつくる者達の部品血肉になる。私の体にもきっと多くの命がめぐっているはずだ。


 しかしどうしても触れなければならないことがある。コアに関してだ。

 コアに関しては機械生命体群の中でも製造しているのはただの一機によるものだ。

 私の記録にはマザーという有機機械生命体による製造のみだという情報がある。居場所や製造法についての情報は無い。恐らくこれ以上のことを知る者はいないはずだ。


 結局なぜこんなことを改めて考えているのかと言えば、地下にあったあの廃棄孔のような場所だ。あれは機械生命体が廃棄されプレスされる直前の状態に似ていた。中にあったものは金属類ではないが堆積し地下の汚染重金属層の産み出す力場のせいか圧縮された状態でそこにあったのだ。

 だからきっとあそこは終わりなのだ。どんな命があったかはわからないが既に終わりを迎えた場所。そこがあそこだ。

 調査せねばならないのはわかっている。しかし不思議なことに私には、もちろんサティにも調べようという判断を下せなかった。初めて生まれた感情というものが恐怖だと気付いたのは本機に送信した情報を包括的に判断した結果だ。




 なるほど。アバターの操作を破棄し思考に重きを置くことが出来るのもこの寝るという状態の良さなのかもしれない。

 新しい情報から処理していたが、他にも考慮すべきものはある。


 まずはあのリスナーについて。幽霊というものを確かめるためにしばらく物理的な接触を伴う観測を続けていたが、明確な情報の齟齬が生じている。

 アバターの自己診断では感覚に変化は無く見た目通りのままそこにあったのがわかっている。しかし観測情報では明確にその存在にブレが生じている。

 観測時間単位を可能な限り小さく区切りその粒が連続することで存在証明がなされているが、何故か時折僅かに、その観測時間単位最小の一粒が欠けている場合がある。リスナーが途切れていると言ったのはこれを元にしている。

 アバターの感度を調整したところでこの観測時間単位最小のひと時は感知することはできない。このアバターで見ている限りリスナーはそこに居続けるし、データ上は途切れているという矛盾が発生している。

 では彼がなんなのかという問いに関して。サティは人類種であるというスタンス。私は人類種の幽霊という分類ではないかと思っている。

 私のアバターはサティに提供を受けたアーカイブ内に登場した人類種を正確に模したもので、凡そ人間と呼べるものになっている。しかしその人間がリスナーの連続性を担保しているのであれば、彼は人間から見て人間なのでは、と思うようになった。

 つまりは人類がいたらしい時代に存在した人類種は人間と幽霊だったという考えだ。仮にリスナーが幽霊だったとしても人間であるサティと私が人間であると感じたのであれば彼もまた人類種であるということだ。そこに幽霊であるというのは大きな意味は無いという結論になる。

 サティも一定の理解を示した。因みに掘削車内では聴覚センサーが役に立たないので喋ってはいるがわざわざ通信している。


 ちらりと隣を見れば体に生地を張り付けたような不思議な格好をしている。私も同じ意匠の物を身に着けているが機械生命体としては不要な装飾は健全な稼働を妨げるものにしかならないのでこういった装飾は嫌いではない。すっきりしていて動きやすい。楽な格好で横になるというのももったいないとは思うが、重さを感じないということは良いことだ。

 私とサティのアバターのサイズもそうだが、サティはあの胸部で重くないのでしょうか。明らかに不要だと思うのですが。我らは人間的形状を模していますが、人間には何か胸部が大きくある必要があったのかもしれません。私がすっきりと軽量化が施された機体だとするならサティのそれは何かしらサイズや胸の大きさに準じた役割があるのかもしれませんね。リスナーに尋ねる内容の一つとしておきます。

 



 地下で発見した彫刻について。彼は神という存在を認識していました。

 信仰対象として存在する偶像、それを模したもの。達成目標を明示化するようなもの、でしょうか。

 そもそも願うという事は必要不可欠であることです。それを誰が叶えるわけでもなく、希望はしても対応するものがいるわけではない。

 リスナーが言った習慣として存在するという言葉の方が理解が出来ます。作業前の安全確認、作業後の自己診断のようなものでしょう。

 話を戻してあの彫刻です。元々あったものを改変してできたそれはどちらかと言えば機械生命体群のような何かと言われた方が納得できます。だからこそあの廃棄孔の存在が不気味に感じたのですが。

 あの彫刻がリスナーの言う髪を模したものだったとして、それを機械生命体のようなものに改編したという事は機械生命体が神への祈りを捧げていたという事になります。

 生活の跡が無かった住宅もただの格納庫であり、ただただあの建物の中で祈りを捧げていた機械生命群の基地だったという事でしょうか。

 何故そうなったのでしょう。使命や上位機の指示を受けずにただ人類種のように祈りを捧げて最後は排気孔に自ら飛び込んだ、と? 

 明らかにおかしい。通常の故障や破損では見ることが無いであろう症状。明らかにコアに異常が発生したであろう状態。眠りにつくといった機械生命体とはまた違う最期に得体の知れない不快感が首を撫ぜる。

 背中と椅子に挟まれたままだった後ろ髪を引っ張って横に流す。ふと視線を感じそちらを見ればこちらを向いて横になるサティと目が合った。


【地下探索は楽しかったですか? 】

【楽しくはありませんでした】

【残念です】

【楽しかったのですか? 】

【いいえ、怖かったです】

【……それには同意します】

【はい。ですので楽しいではなく、面白かったです】

【面白い。面白い、ですか】

【はい。これまでの調査には無かった情報が発見出来ました】

【怖いという情報が、ですか】

【はい。あの廃棄孔があった理由を考えると理解できない恐怖というものがあります】

【そうですね】

【祈るをするであろう場所のすぐそばに廃棄孔があった理由を考えると憐れみを覚えます】

【憐れみですか】


 憐れみ。同情すること。同情する。心情共有。心情?

 心情とは心というブラックボックスが反応するという現象。

 機械生命体である我らが?


【不思議です。ここで自ら廃棄を選んだ彼らを思うと、恐怖を覚えます】

【……一度帰投し自己診断を行う事を提言します】

【ノー。恐怖という感情を感じている以上、我らに心というものを理解するような何かがこの旅にあると判断します】

【ならばアバターの再設定を】

【ノー。この形でなければ恐らくわからない何かがあると本機は予想しています】


 その利点は無視できないものだ。少なくともリスナーという存在を調査している以上この人型アバターはとても有利に働いている。

 一先ず調査体制は現状維持とし、情報共有や認識を共にするが、一つサティの関心を買ったワードがあった。


【配信者は神と王のハイブリッド、ですか】


 神は人に貪られ、王は人の奴隷であるという考察に対して配信者もある意味そのハイブリッドのようなものであるというリスナーの言葉。


【彼の知る配信者というものと私たちが思う配信者というロールは乖離があると思いますが】

【それでいいと思います。結局リスナーの言いたいことは人気商売であるという事でした。つまり人気が出るようなものを選べばいいのです】

【人が好むような動きをするという事だとは思いますが、何をするのでしょうか】

【それこそリスナーが判断するでしょう。彼は時折私達に指示をします。即ちリスナーである彼が見たいものであるという事です】

【なるほど。ではこちらの乖離を無視し彼に指示されたことをするのが良いという事ですね】

【そうなります】

【これまで通りという事ですか】

【そうとも言います】


 話をしている様に見えるが実際は通信越しだ。やがて掘削車に響く音が徐々に変質していき、リスナーの言葉で私たちは着地姿勢に移行する。

 掘削車のスピードは地上で乗っていた車両よりも速い。しかもある程度地形を無視し直進してきたことから移動距離もそれなりにある。

 いくつかの山脈の地下を貫いて既に大陸東部へとたどり着いている。

 外には情報でしか知らなかった森や草原が広がっていた。




 人型の足で踏みしめる大地の感触、センサーが捕らえる風の温度と成分、揺れる緑と広がる濃紺と赫色のグラデーションで彩られた空。

 それらが自然にある、生きているというのを理解する。


『ここも久しぶりだなー』

『……そう言えば貴方は知っているんでしたね』


 しばし景色を眺める。以前からこの辺りの情報は共有されていたはずだった。アバターから見る情報と軌道上から観測した情報とが揃っていたはずだった。しかし、実際調査用アバターで斧場に立ってみれば情報以上のものを私は感じている。


『……人って面白いよね』

『何ですか、急に』


【この惑星は星の瞳の反対側を中心に星裁の影響で荒廃していますが、星の瞳周辺はこのように影響が少なくなっています】

【情報は確認しました。星の瞳が拡張されていることで大地がたわみ歪んだ大地から星裁が発生する、とありますが】

【あくまでそういう風に見える、という過程になります。星の瞳が星裁の原因なら、その星の瞳の周辺が荒廃していないのはおかしい、となります】

【なるほど、確かにそうですね】


『人類の生息地はこの星の各地にわたります』

『そのようですね』

『もし人類がいたらどうするのでしょうか』

『どうする、とは』

『中心地を離れてこういった土地で暮らすのか、それとも変えずに生活する術を生み出すのか』

『後者かと思いますが』

『そうかな? つい先日地下に集落があったでしょう』

『あれは機械生命体達が……、なるほど。そういうことですか』


 あの場にいた者達が機械生命体だと確定したわけではない。現状ではかもしれない程度で私たちの知る機械生命体かどうかもあやふやな状態だ。終わり方が機械生命体のようだったというだけでそう思い込んでいた。

 そしてそれらは祈りのための場所を用意していた。自ら信じる神を作り出し、生活していたわけではないだろうが住居もあった。それはつまり人の模倣をしていたという事にならないだろうか。


『地下にあった場所は人を模倣した何かの町だった、ということですか』

『何かが避難した跡にしては違和感が大きかったので』


 近くに聳えるように立つ巨木に触れ、ざらざらという樹皮の感触を知る。上を見上げれば茂る枝葉が光を遮りこすれ合う音を奏でている。


『……どうしました?』

『いいえ、何も』


 これが体験するという事か。知っているはずの情報と変わらないはずなのに、もっと多くの物が胸を満たすコアに満ちる。不思議な満足感。


 こうしてのんびりしているのもリスナーによる車両の走行試験中だからだ。

 彼に伝えた手前、一部の資材をアンカーにしつつ、本機による車の回収をし再びこちらに転送してきた、のだが本機による回収機能は一度物質を分解し再構成しながらこちらに転送されるため、性能点検も含めて試走してもらっています。ただ、返って来た彼の反応は思わしくありません。


「道がねえし地形がいまいち把握できないから結構怖い」


 なるほど。生い茂る草自体は走行を阻むものではありませんが路面の死人が出来ない状態なので不意の事故が起こる可能性があると指摘されました。

 解決方法は簡単です。3Dスキャナーとアクティブソナーを組み合わせそれをフロントガラスに表示する機能を付加します。


「天才かよ。天才だったわ」

『この程度造作もありません』


 さて、これで出発する準備が整いました。ここから先は私にとってはきっと新たな旅になるのでしょう。

 普段は大人しく座席に座っているサティに並んで窓の外を見ていますが、時折周囲を動く影が見えます。きっとあれらも情報にある野生生物なのでしょう。

 体験するという事を知った私にとってこの旅はきっと何かを得ることが出来ると予感しています。不思議な感情ですが、これが期待というものでしょうか。


『わくわくするね!』

『わくわく、ですか?』

『わくわく、だよ!』

『わくわく、です』

「何わくわくわくわく言ってんだお前ら」


 わくわくですか。面白い語感です。わくわく。わくわく。

 いいですね。楽しくなってきました。

 どこか満足げな私をみて笑っているリスナーには後で面白そうな語感を聞いてみることにしましょう。わくわく。


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