5-2.絶叫回廊
人にとって突然叫ぶという行為は自然な行為である。それ故突然叫びたくなるような心理状態になることも何らおかしいことでは無いとあなたは知っています。
今はビルの地下駐車場のさらに地下。あなたの記憶の中で一致するものは地下の下水路でしょうか。光もなくかといって水もない。すえた匂いというよりは只々埃っぽいそこに下りてきました。
サティとメシエの二人は周囲をライトで照らし歩いています。あなたはカメラを持って歩いていますがモニターが付いているわけではないのでどういった映像になっているか確認できていません。
あなたが考えることといえばこの二人に暗所で何かに怖がる反応というのを期待できそうにない、ならばどうするかという事だけです。いっそありのままの姿でいいのかもしれないと納得しかけましたが、それではいつもと変わりありません。
『通路にしてはなんだか変なところだね』
『網の目から考えるにサイズの選別を行っていたように思いますが……他の出入り口との隔離にしては通路の意図が不明です』
『地殻変動で移動してるからか方向も変わってると思うんだけど……何が目的だったんだろう』
『また塞がっていますね。戻りましょう』
淡々とし過ぎている。あなたは思いました。そしてついにあなたはこらえきれずに声を上げてしまいます。
叫んでいい?
あなたにとっては今撮影している映像の出来やプランニングの下手さ、彼女たちという極上の素材を殺してしまう恐怖に耐えかねたようです。
『あ、そういえば人間って暗闇に居続けるとおかしくなるんだっけ』
『そうなのですか? ……特に変調は見当たらないようですが』
メシエの赤いルビーのような瞳が一瞬輝いたような気がしますがそれよりも彼女の見立てが正確過ぎてあなたはついに白状することにしました。
叫ぶとストレスが解消される。叫んでみないか?
『大声をあげるってことだよね? それだけで?』
『貴様。叫ぶことと
あなたは叫ぶことで一時的にアドレナリンが活性化し、それが落ち着いてゆく過程で冷静になれるという事を説明します。
そういった雑学知識について明るいのはあなたの運命です。ボッチであるので時間だけはあるので。
『なるほど。ストレスがかかっていたのであればそうならないように環境を改める必要があると思いますが』
『叫ぶことで都度解消できるならいいんじゃない?』
ちなみに突然叫びだしたくなる人の傾向として繊細な人が多いという事をあなたは知っています。あなたのように二人へのVIP対応を心掛けたり、撮影映像の出来に一喜一憂したり、それらの管理に細心の注意を払っている状態はまさしく当てはまるものです。
あなたは確かに繊細かもしれません。しかし全く逆の図太さをあなたは持っています。
試しにやってみないか?
『うーん、どういう風にやるの?』
サティは乗り気ですがメシエは少々懐疑的な視線を向けています。
一先ずやってみようとあなたは息を吸い込みます。そして声を上げる前に思い出しました。サティはあなたの歌った歌を綺麗になぞることが出来ます。それこそ音程を完全にトレースできるくらいには。
ですのであなたにとっては非常に負担がかかりますがかなりの高音で叫び声を響き渡らせました。
とりあえず息を吐ききったあなたは何となくすっきりしたように感じますが、喉には明らかにストレスがかかっていました。
『こんなかんじ? ……ーッ、きゃぁぁぁぁああああああ!』
ここが反響しやす場所というのもあってその声は先の見えない暗闇の中にまで響き渡りました。とてもとても素晴らしい絶叫です。あそう、あくまで絶叫だけ、です。
サティの表情は全く動いていませんでした。あなたは後悔しています。あなたはこうなることを知っていたはずなのですから。何かを言う前にダメ出しして、次は表情付きで再現します。あなたの喉にストレスがかかります。
『-ッ、きゃぁぁぁぁああああああ!』
素晴らしい。表情といい声といい会心の出来栄えです。あなたはこの映像を使う時はやらせですというテロップを入れることを決意します。こうすることで無敵のサティちゃん推しと怯えるサティちゃん推しの両方の要望を満たせると確信しました。ついでに推しの絶叫が健康にいい派も健康になりすぎて、日々ストレスに苛まれているゾンビのような社畜も生き返るであろうと自信を持ったようです。
そして次のターゲットにうつります。
『普通に考えて、艦隊司令が狼狽えてはいけないと思うのだけど』
完全な塩対応ですが理屈の上では相手の方が正しい。あなたはそう思いつつ、あえて上の立場の人間がストレス解消に勤しむことで下々の者達も遠慮なくストレス解消に勤しめる。変に不満が溜まるよりは健全であると主張します。ストレス解消に勤しむとは。
『やってみたら?』
『……いいでしょう。では。……ーッ、きゃぁぁぁぁああああああ!』
メシエもしっかりといい声で鳴いてくれました。表情は真顔でしたが。
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