4-3.ダウンヒル



『ねえ、アナタ、次元乱はレアって言ってなかったかしら』

『言ったねえ』

『これで何度目かしら』

『既に5回目だねえ』

『情報更新したらどうかしら』

『ログ見て?』

『……どうして?』

『さあ?』


 そんな二人の会話を聞くこともなく、あなたは今必死に車を操作しています。そもそもあなたには次元乱がどういった理屈で発生しているかはわかりませんし、背後から迫る噴石や地滑り、空気が歪む音が焦燥感を煽ります。

 道という道もなく、ただ何となくなだらかな荒野を落ちるように駆け下るその様は峠を下るラリーカーのような洗練されたコーナリングなど夢のまた夢なのだと思わせるほど無様なものです。

 既にあちこちぶつけて車はぼこぼこのはずなのですが、何故かその車体には傷一つありません。あなたは気付いていませんが、サティが車体の表面にコーティングした特殊な装甲がこの車とあなたとあなたのちっぽけなプライドを守ってくれているのです。あなたは気付いていませんが。


 ぽんぽん飛んでくる噴石が前後左右に飛んでくるその下り坂を駆け下りる興奮があなたの脳内物質をこれでもかと発生させ恐怖を和らげています。

 僅かに残る怖気を声に出して吐き出しました。


 楽しいねえ!


『楽しい? これが?』

『只人の貴方にとってはそれなりに危険度の高い状況では?』


 こんな状況でも特に焦ったりすることの無い二人にあなたはほんの少しの羨望を抱きますが、それよりも自分に比べ圧倒的に人気者の二人を乗せているプレッシャーが勝ります。

 今のところは大丈夫。きっと。多分。そう思いながらもあなたは何より自分の拙い運転に付き合ってくれる愛車に親近感を覚えました。

 あなたの脳内に聞こえない声と思いが届きます。俺はまだいけると。

 あなたはそう聞こえたと思い込んで更にスピードを上げます。

 うしろから疑問を呈する音が聞こえた気がしますが、後ろの二人は平均視聴回数数百万を誇る配信者です。この程度で動揺することなど無いと言えるような肝の据わった女傑であるはずです。

 あなたはそう思い込んで、徐々に迫りくる次元乱から逃げきることに成功したのでした。




 比較的安全な星裁の場所を調査し終えた後、サティが言いました。


『私も運転してみたい!』


 あなたは一も二もなくサティに了解の返事を返します。楽しいことに目がないサティは早速とばかりにアクセル全開で星裁に突っ込みます。


『ちょっと待ちなさい。あなた、そのスピードでどこへ……! ルートの再選定を提言します。……おい、ちょっと待て! ルート変えろ!』


 メシエが珍しく焦ったように声を荒げますがサティは気にした様子もなく突っ込み、そして綺麗なドリフトを決めます。その後も星裁の近くをぐるぐると狂気的なスピードで回りながらやがて飽きたのかその場を後にしました。

 あなたは隣のメシエとこの車の動きと運転しているサティの3つのカメラを同時に操作するという離れ業を行ったので若干ぐったりしていますが、それは隣のメシエも同じ。

 そう思っていましたがメシエは何かを我慢しているかのような微妙な表情です。


『うーん、これなら確かにもう少しパワーのある4輪車のほうが面白いのかも?』

『……この車両の性能限界ギリギリで走行していたようですが、何か意味が?』


 これはメシエが遠回りにサティを𠮟責しているのだろうか? 彼女の反応から見るにさほど絶叫マシンが苦手だとかそういった反応ではなかったと思いますが。


『面白いかなって』

『……面白かったですか?』

『うーん、いまいち!』


 大変なことが判明した瞬間でした。もはや万能の天才といってもいいサティはどうやらスピード狂の気があるようです。そしてそれを察したメシエがあの表情を浮かべていたのでしょう。あなたはそう判断しました。


『リスナー。大地を走行する車両でこの地形に適した車両は何ですか』

『リスナーさんは私のリスナーさんだからメシエちゃんはリスナーじゃないと思うよ?』

『……、そのようですね。、教えて?』


 やり直してくれ。


 あなたは即座に訂正を求めました。

 そもそも彼女にそう言ったセリフがあったとして、それはきっと一般リスナーに向けるものではないでしょう。伝家の宝刀を簡単に見せてしまっては名刀も数打ちになり価値が暴落してしまうというものです。


『……確認しました。貴様、先ほどの質問に答えなさい』


 今度はやたら上から聞かれたような気がしますがあなたは答えます。

 俺の知る悪路最強の車を紹介しよう。


『悪路……察するに路面状況が悪い場所に強い、という意味だと思いますが』

『なるほどねー確かにこの後を考えてもそういうのがいいかも! 私はもっと速いのがいいなー』


 スピード狂がなんか言っていますがあなたの答えは変わりません。世界に誇る国産のスポーツユーティリティビークルを紹介しました。


『……ありました。ああ、これは車両だったのですね』

『え、嘘。そんなのあったっけ?』

『データを送信します』

『……あー! これかあ。そっか。地面は4輪車で走るのが人間だったんだね』


 どうやら無事誘導できたようです。あなたはほんの少しだけ寂寥感を感じながら、頭の中は既に新しい車のことでいっぱいです。

 あなたの心の隙間でいもしない相棒という今の車両が泣いているような気がしましたが、それすらも気のせいでしょう。


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