3-3.みちくさはえる



 砂船に揺られ数日か数週間か。あなたにとっては短くない期間この白海を風に吹かれてさすらっていますが未だに飽きはきていません。いえ、正確には飽きそうになることはあります。ただしそれはあなたに問題があるわけではありません。いえ、あなたは自分自身のせいにするでしょうが。


『ここは元遺構保護区だった場所だね。大分昔に保護機能も失われて今はほとんど何にもないけど……何故か保護順位が高い場所だったみたい』


『ここは川、海に流れ込んでいたらしいんだけど今じゃこの通り。ただ面白い地形だよね』


『ここも保護順位最上位の保護区、だった場所かな。何かの建物だったみたいなんだけど、造詣が複雑すぎて再現すらできなかったんだよね』


 白海の最中に存在する遺構のガイドをするサティですが、いかんせんほとんど全ての光景が白一色なだけで、なかなか見栄えがしません。素材も砂、おまけに嵐、体を打ち付ける砂も不快感が強く、あなたはなかなか集中できません。それは修学旅行という非日常にテンションの上がった修学旅行生がバスガイドのお姉さんの観光案内をそっちのけにしているようなものです。


 あなたは旅の思い出はその人間にとって大事なものだけを収めておくのがいいと思う人間です。しかし今はあなたではなく解説しているガイドのお姉さん本人が主役です。

 しかもそのガイドのお姉さんは確かな知識を持ち、明朗快活な弁舌でもってその地を案内しているのです。

 あなたはリスナーでもなくプロデューサーでもなく、今こそ広報担当に暮らすチェンジするべきだと考えました。


 もう少し大きめの保護区は無いか?


『あるよー! 次は複数の保護区が集まってできた、街一つが保護区になっていた場所だよ!』


 あなたは今こそ観光ガイドのお姉さんにも脚光が当たるべきだと考えました。とはいえ観光お姉さんとして配信者サティを用いたのでは二番煎じも良いところです。

 あなたは今こそ彼女に【映え】という概念を伝えることにしました。


『映え? 見た目がいい、記録し甲斐のある景色ってこと? あれ? 違うの?』


 映えとは確かにそういった側面があることをあなたは認めます。しかし真の映えとは素材に頼りきりになるのではなく、一つの画面に多くのこだわりを詰め込んだ努力の結晶や積み重ねたものが一つになったもであるといつの間にか芸術家にジョブチェンジしたあなたはそう考えます。同時にあなたは想像の中でろくろを捏ねるというエアろくらーにランクダウンしましたが。


 あなたが体勢を極端に寝せた状態で進む砂船ですがあなたは既にカメラとコンソールの返しを使いこなしているようです。

 あなたにしてみれば操作が簡単なトラクターハンドルをコントローラー代わりにゲームの操作をしているようなものです。そりゃ寝ながらでも出来るだろと当然の様子です。

 最初は興味深げに見ていたサティもそういうのもあるのかと運転席を改造して二人分の幅のビーチベッドのように改変しているくらいです。

 ただし風防をつけなかったおかげで一度派手に横転し砂の海に投げ出されたときは、思わずあなたとサティ二人で顔を見合わせて笑ってしまいました。

 抜け目のないあなたは当然それも映像に収めていたようですが。




『ここが保護区【古都】です! この土地にあった保護区はいくつかの建築物などが集中していたので町ごと保護区にされたという曰く付きの場所です!』


 ことにやってきたあなたとサティですが、なるほどこれまでの廃墟群と違い多少はその構造が察せられる状態で残っているようです。

 どこかで見たことあるような城や教会、あなたにはあまり馴染みがありませんが演劇場といった建物が解けたアイスのように風化した状態でほんの僅か、その形がわかるかといったところです。

 しかしあなたは地理に詳しいわけではないのでなんとなく欧州っぽいなあなんてことだけが理解できる程度です。

 何よりも、今のあなたはサティ観光の広報担当。自社の宣伝のために綺麗なガイドのお姉さんである彼女とこの遺構を一枚に収めるための独創性と発想力と忍耐力といろんな何かが必要です。

 あなたはまず、ここまで乗ってきた砂船とサティと今にも崩れそうな城の中庭で崩れてきた尖塔に囲まれて、定番のポーズをお願いしました。

 惜しむらくはあなたが指定した定番はお国柄によっては口に出すのも大変な、意図したものとは正反対なものになるという事を知らなかったことでしょうか。


 非常に残念です。

 あなたがガイドのお姉さんの広報をするには先天的な才能を消去する他ありません。しかしあなたがそのことに気付くのは恐らく来世になるかそのことを詳しく教えてくれる人に出会う時まで無いでしょう。


『ピースサイン? どういう意味なの? 定番? なるほど、そういうのもあるのね。え、手首? こう? なるほどなー』


 

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