3-4.浪漫で飯食ってるんで



 さて、あなたが砂船に乗って旅をするのももう少しで終わりを迎えようとしています。徐々に風が収まり船を推す力が弱まっているのを感じているからです。体を打ちつける砂も少なくなってきている印象をうけます。


『もう少しで白海も終わるけど大丈夫?』


 大丈夫とは。


『風がない場所を通るから、この船の出番は此処までだからね』


 話を聞いてみればどうやらサティは予定や計画を立てることなくふらついているようです。一応の世界一周ルート自体はいくつかあるようですが、どこを通るか決めていないようです。

 ならばとあなたは映えるスポット巡りを提案します。あなたにとっては此処は未知の世界、なんとなく地理的な位置関係はこんな感じなんだろうなあなんてことを考えながら何があるのだろうかと考えます。


『わかったー! でもこの辺は星裁せいさいがあるから気を付けて進もうね!』


 聞きなれない言葉を聞いたあなたは頭の中でそれを想像します。

 知らないことを知らないままに話をするのはノリがいいのとは意味合いが違います。大抵の場合は頭の中で変換し納得できなければそのまま流してそのまま泡沫の如く消えてゆきます。

 しかしあなたは義務教育を終えたことでほんの少し大人としての自覚が出てきた子供です。聞くは一時の恥、知らぬは一生の恥という諺通りにサティに尋ねます。


『星裁? 星裁っていうのはこの星の極地と呼ばれる場所に出来た異常気象のことだね。種類もいろいろあって、嵐に落雷、噴水に噴石、磁気嵐に噴火ととにかく危険地帯のオンパレード! その中で極東にある【星の瞳】と呼ばれる場所が宇宙からでもよくわかるから、この星を【赫星】なんて言ってる資料データもあったっけ』


 流石は物知りお姉さんのサティ。淀みなくスラスラとあなたの質問に答えます。続けてあなたは恥をかき捨てます。


『嵐や磁気嵐があるのにどうして砂船が使えないのか? ええっと、白海は特定のエリア内で空気が循環しているんだけど、それがこの星裁による嵐と海から吹く風によって閉じ込められている地域だからなんだよね。風はあるんだけど砂が吹き飛ばされちゃって上手く滑らないから別の手段を講じたほうがいいかな』


 なるほど。大丈夫かというのは足が使えなくなることとこの異常気象の影響圏内に入る可能性があるからということか。

 

『星裁も悪いのばっかりじゃないんだけど、この辺りは全部だめだからね』


 その言い方じゃあ良い星裁もあるという風に聞こえるが。


『東に行くときれいな水が湧き出ている場所があってね。その周囲は大地が生きてるから現住生物もいっぱいいるよ! だから頑張って東に行こうね!』


 それはいい。あなたにとってこの世界で見た生き物は目の前の女性くらいなもの。新たな出会いがあるというのであれば東に向かうという選択は悪くない。

 しかしそこまで行くにはここに来るまでにかけた時間の何倍もかかるとサティはいいます。であればあなたは世界を移動するために必要な一般的な手段を提言しました。


 すなわち四輪自動車。つまりは車です。

 あなたは人間の生活に欠かせない神器がこの世界でどのようになるのか楽しみにしていましたが、サティはそれに不思議そうに問いかけます。


『地面を走る意味は?』


 え、地面を走らないの?


『ううん、空を飛ぶ、つまり浮かせた方がエネルギーのロスは少ないと思うんだけど……』


 あなたは失念していました。たとえあなたが自動車に詳しい一般整備士だったとして、人間として忘れてはならない浪漫を忘れていたことに。

 あなたがオートレースのドライバーだったとして、忘れてはならないコースがあることに。

 それは空を飛ぶ車です。空を飛ぶ車で空を走ることです。


 流石配信者サティ。多くのリスナーの心をぎゅっと掴む術に長けています。その知性と技術力は他の追随を許さぬほどにクリエイティブで初心を忘れることもないほど基本に忠実。

 孫氏を読み解いた北条早雲が如き天才性を持つ彼女が有名配信者でない訳が無い。今はそう、マネージャーがいないだけなのだ。


 そのうち彼女のマネージャーが現れてあなたにこういうのでしょう。

 おさわり厳禁です、と。

 急に現実感が出てきて冷や汗を流すあなたですが、サティは既に空を飛ぶ車を作り出そうとしています。バイクのサイドカーを大きくしたようなものが細長い楕円状の車輪に乗っています。

 未来の車にしては曲芸が過ぎないか。貴方の脳内はそんな言葉で埋め尽くされますが、彼女が乗り込んだことであなたは自分がカメラマンも兼ねていたことを思い出し、カメラの制御を奪います。


『あ』


 楕円が限りなく薄く伸びてさながらレールのようになります。サティは指先を躍らせてレールを誘導しそのレールに沿って車体が移動してゆきます。

 高速で飛び出したかと思えば軌道を上に持って行きなだらかなスパイラルで下って減速している様子です。ブレーキという存在を無くしたそれはあなたの脳裏を刺激します。

 

 あなたのその明晰でもなんでもない頭脳がその空飛ぶ車の名前を引き出しました。


 自由軌道ジェットコースターだこれ、と。


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