第9話 変わらない対戦相手

「———……は?」


 クレアにデイビッドとレオンと一緒に説教を受けた次の日、俺は学校に来て1番に素っ頓狂な声を上げた。

 そんな俺の目の前には『アルク・ドミネイターVSリーナ・フォン・カリバン』と言う前日と全く変わらない対戦相手の名前が。


 おいおい、どう言うことだこれは。

 宰相自ら対戦相手を変えてくれると言う話じゃなかったのか?


 想定外の事に焦りを隠せない。

 全身から滝の様に汗が噴き出し始めた。

 きっと今の俺の顔はさぞ真っ青になっていることだろう。


「…………ど、どうしようか」


 俺は、全身から止まる事なく噴き出す汗をハンカチで拭う。

 その間もずっと頭をフル回転させていた。


 だがしかし、完全に相手が変わると思っていた手前、全く対策を考えて来ていない。

 更にそのせいで、結局対策をデイビッドに聞かず仕舞いで別れてしまった。


 正直今の俺では、4割程度の確率でバレる。

 デイビッド程の達人であればバレないかもしれないが、流石にデイビッドの3分の1程度しか生きていない俺には不可能だ。


 だから直談判までしに行ったのに……!


 魂が抜けたかの様に意気消沈とした俺に、遅れてきたタオが驚いた様子で声を上げる。


「ど、どうしたんだ、アルク!? 顔が真っ青だし体調も悪そうじゃないか!」

「……それだ、ナイスアイデアだ、タオ!」


 そうだ、体調が悪いことにして模擬戦を休めばいい。

 お姫様は強いので、俺の様な凡人が逃げてもそこまで話題にはならないはず。

 寧ろ対戦した方が話題にすらなりそうだ。


「お、おう……何かよく分からんけど褒められてるのか?」

「めっちゃ褒めてる。お前、天才だな」

「ま、まあ、そこそこ天才だからこの学園に居るんだけどな!」

 

 それはその通り。

 俺みたいな裏口入学などではなく、タオはちゃんと試験に合格して入学しているので、それだけで十分に魔導師となる素質を有していると言うわけだ。

 

「じゃあ、少し保健室行ってくる。多分模擬戦が終わったら戻ってくるから、それまでの授業のノート、後で見せてくれ」

「まぁいいけど……って保健室に行くの速っ、絶対体調不良じゃないだろ!?」


 そんなタオの驚愕の声を聞きながら、俺は嬉々として保健室に向かった。


「先生、体調が悪いので模擬戦が終わるまで休ませて下さい」

「ダメです、どうせリーナ様と戦いたくないだけなんでしょう?」

「よく分かりましたね、と言うことで休ませて下さい」

「ダメです、此処は本当に体調が悪い人が来る場所ですから」


 開始十数秒で追い出された。




   






「…………」

「あ、アルク、大丈夫か?」

「この顔見て大丈夫だと思うなら、それこそ保健室に行くことをお勧めしよう」


 俺は絶望していた。

 もはや逃げ道など存在しないからだ。


 学園をサボったとしても、お姫様がやりたいと言えば強制連行されるか、後日時間を空けてやることになる。

 そもそも逃げようにも学園には結界が張られているので速攻教師にバレる。


「くそぉ……宰相の奴、一体何してんだよ」


 昨日ちゃんと『此方で対処しておきます』的なことを言ってたじゃないか。

 それなのに全然変わっていないぞ……!


 しかし、今更文句を言ったところで、現状が動く訳でもない。

 此処は覚悟を決めて、バレない様に、かと言って序列相応の実力を維持しながら戦わなければ。


 模擬戦は既に始まっており、俺とお姫様の対戦は後半なので、まだ時間はある。

 それまでに、見せてもいい力と見せてはダメな力の区別をはっきりしておかなければならない。


 まず絶対条件として、『開闢の使徒』の使用は絶対に厳禁。

 アレは『大罪王』を象徴する技なので、一瞬でお姫様でないにしろ、誰かに正体を突き止められる可能性がある。

 

 そしてデイビッドから教わった武術や技も使用禁止だな。

 デイビッドは『大罪』の中でも特に表の姿で有名なので、あらぬ誤解を招きかねないし、俺とデイビッドの繋がりがバレるのは避けたい。


 後は我が家に伝わる武術だが……アレは基本『開闢の使徒』を使用した状態が前提なので、そもそも使えば身体がぶっ壊れる。

 使えるのは、学園で習う基礎剣術や中級魔法程度だな。


 俺が大体のことを整理し終えるとほぼ同時に、教師から声が上がった。


「これより、アルク・ドミネイターと、リーナ・フォン・カリバンの対戦を始める、両者武舞台に上がれ!」


 遂に俺の番が回って来た様だ。

 

 俺はゆっくりと、一歩一歩踏みしめる様に歩いて行く。

 その僅かな道中で、自分の中で意識を切り替えてゆく。


 相手はこの学園でも最上級の強者であり、この国の王女。

 絶対に死なせる訳にはいかない。

 そして、俺も殺したくない。


 さて———此処は1つ、Cクラスの中間実力者『アルク・ドミネイター』を全力で演じるとしよう。


 武舞台には、俺と同タイミングでお姫様が上がって来た。


 国王と同じ輝く金色の美しい髪を靡かせ、美男美女が多い貴族の中でも群を抜いて端正な顔立ちをした、可愛いと言うより、綺麗と言われそうな鋭い雰囲気を纏った美少女。

 凛とした佇まいに、腰には剣を帯刀、男が理想で語りそうな魅惑の身体からは、1つの漏れもなく魔力が体内に留まっている。

 そして蒼白の瞳は全てを見通すかの如く透き通っており、その鋭い眼光は、一瞬の動きも見逃さないと言わんばかりに、俺にしっかりと焦点を当てていた。

 

 出来ることなら、棄権したい。

 だが、もう此処まで来ると、後戻りは勿論の事、逆に目を付けられそうなので迂闊なことはできない。


 心の中で嘆きながら、俺は教師の開始の合図を待った。 


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