第8話 アルクの力の一端

 ———レオン。

 『憤怒』の所有者にして、身体能力と武術の才は全大罪中最強。

 俺と同じくらいの年齢故に経験は乏しいのと怒り過ぎると理性が飛ぶのが玉に瑕だが、それでも恐ろしい強さを誇る。


「主人、どうですか、強くなってますか!?」

「強いどころじゃねぇ……よっ!」


 レオンの猛攻をギリギリの所で躱し、いなし、弾き飛ばす。

 一見互角にも思える攻防だが、間違いなく押されているのは俺だった。


 いや、強すぎだって。

 こちとら魔力少ないんだよ。

 

「主人、何でこのままの姿で闘うんですか!? 俺は本気の主人と闘いたいんです!」


 槍を目にも止まらぬ速度で操り猛攻を仕掛けているレオンが、明らかに不機嫌オーラ醸し出しながら捲し立てる。

 同時に攻撃が一瞬止む———が、次の瞬間には俺の目の前には膨大な魔力を纏った突きが放たれていた。


「ぐ……それじゃ、一瞬で終わるかもしれないだろ……!」


 破壊されない様魔力で強化した剣を身体と槍の間に滑らせて防ぐ。

 しかし、身体能力ではレオンの方が上なので、完璧に塞いだと思っても思いっ切り吹き飛ばされてしまった。


「わっ、とっ、とっ……ふぅ、あぶね」


 何度かこけそうになりながらも減速。

 何とか壁際ギリギリで止まれた。

 そんな俺を見ながら、レオンが腹立たしげに魔力を荒げる。

 

「ああ、イライラする……どうして本気を出してくれないのですか……! 俺はこんなに———」

「あ、マズ———いッ!?」


 気付けば吹き飛ばされていた。

 目の前に修練場の天井があり、このまま何もしなければ激突しそうだ。


「取り敢え———ごはっ!?」


 天井に着地しようとした瞬間———俺の身体が真横に吹き飛ぶ。

 少し遅れて横腹に激痛が走った。


「ごほっ、げほっ……。あー、痛いな……」


 地面に激突した俺は、全身に走る痛みに耐えながら横腹を押さえて立ち上がる。

 少し離れた所には、怒りで赤黒い魔力を噴き出しながら、理性ない瞳で俺を睨むレオンの姿があった。


「フゥーッ、フゥーッ……」 

「マズいな……完全に暴走中じゃないか」

「主、俺がやろうかー?」 

「いや、大丈夫。今の相手は俺だし、自分で何とかする」


 遠くからデイビッドが提案してくれるが、手合わせをしている相手が俺である以上、ここで他の人に任せるわけにはいかない。

 一応俺も武人なので、そこら辺のプライド的なものはあるのだ。


「さて、どうするか……。今の俺じゃレオンを止められないな」


 まだレオンが『憤怒』の第1段階目とはいえ、今の俺ではとてもじゃないが敵わない。

 先程のほんの数回の攻防で、終始反応すら出来なかったのが良い証拠だ。

 

 今の俺とレオンでは、絶望的なまでに身体能力の差があり過ぎる。

 例えるならば、猫がライオンに勝とうとするくらいに無謀である。


「……うん、仕方ないか、丁度いい機会だ」


 最近使ってないので、感覚を取り戻すためにも少し発動させるとしよう。 


 俺は剣を地面に突き刺し、纏った魔力を全て霧散させる。

 同時に深く深呼吸をしながら精神を集中させ、自分の意識内で自身と世界とを同一化させた。

 これで準備は整った。


 よし———じゃあ始めよう。



「———『開闢の使徒アポストロス』———」

 


 刹那———俺の身体から白銀の膨大なが溢れ出す。


 それは、世界を創造した神と同質の力。

 嘗て、全ての大罪を相手取り、勝利を収めた者の力。


 我がドミネイター家に受け継がれし、最強の力を、俺は解き放った。









「久し振りに見るけど、相変わらずエゲツない迫力だよなあ……」


 静寂極まる空間に、冷や汗をかいたデイビッドの、感嘆とも畏怖とも呼べる呟きが響き渡る。

 デイビッドの視線の先には、白銀の神力を纏い、瞳も髪も、神力と同じ白銀に染まった俺の姿があった。


「…………」


 俺の目の前では、理性を失いながらも、しっかりと俺の危険性を察知しているらしいレオンが槍を構えている。

 その双眼は鋭く俺を睨んでいた。

 まるで僅かな動きも見逃さぬ様に。


「久し振りに使うが、この感覚も悪くない」


 この、何でも出来る様な万能感と全能感に満ち溢れている感覚。

 全てが自分の手の中だと感じる昂揚感。


 うん、悪くない。


「さて、問題児の暴走を止めるとしよう」


 俺は何気なく一歩踏み出す。


 ———たった一歩。

 その僅か一歩で、数十メートルも離れたレオンに接近した。


「……っ!!」

「そんな驚くな、まだまだこれからだぞ」


 突如目の前に現れた俺に、レオンは驚愕に目を見開くが———次の瞬間には天井に激突していた。


「かはっ———!?」


 レオンは血を吐き、天井は無惨にも巨大なクレーターを使って破壊。

 後で我が家のメイド長———クレアに散々説教を食らいそうだが、今回はレオンを止めたと言う功績で許して貰おう。

 

 天井に埋もれたレオンだったが、持ち前の超人的な身体能力で即座に起き上がる。

 更に『憤怒』の力であっという間に傷が跡形も無く消滅した。


「ガァ、ガァアアアアアア———ッ!!」

「2段階目突入かよ、めんどくせぇ」


 理性なき獣の様な咆哮を上げ、辺りに無作為に赤黒い攻撃性の孕んだ魔力を撒き散らす。

 赤黒い魔力に包まれたレオンの双眼が、俺を捉える。

 同時に先程よりも更に速く俺の目の前に移動しては、引っ掻く様に腕を振るった。


 俺はその攻撃を真正面から受ける。

 勿論ガードの構えもせず、仁王立ちで。


 しかし———レオンの腕が白銀の神力に触れた途端、石化したかの如く腕が停止。

 戸惑うレオンに、俺は知覚不可能な速度で手刀を振るい、一瞬にして意識を刈り取った。


「これで終わり、っと」


 意識を失ったレオンが魔力を霧散させて倒れそうになるのを受け止める。

 既に《開闢の使徒》は解除済み。

 これでレオンを傷付けることもない。


 さて、レオンの暴走も終わったし、クレアへの言い訳を考えるとするか。


 俺は、数時間は説教をしてくるであろうクレアの姿を思い浮かべて大きくため息を吐いた。

 

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