クロッカスをあなたに
サクセン クヌギ
クロッカスをあなたに
大きな門がある。
高さは身長の2倍以上、幅は両手を広げても端から端まで触ることはできない。装飾も何もされていないただ大きいだけの門だ。
門に体重を預けながら座り込む。
背中に伝わってくる冷たい感触。そして聞こえて来る向こう側にいる誰かの声。
門を隔てて向こう側にいる誰かの動きはかすかに感じられる。この誰かのことが嫌いだ。
でも無視することはできなかった。なぜかと聞かれれば明確な答えを出すことはできない。
ただ見て見ぬふりをしてはいけない気がしていた。
「あなたって何者なの?」
『誰だったかな?』
「あなたって今何をしてるの?」
『特に何もしてないよ』
「あなたって何か趣味とかある?」
『いやー。特にないかな』
「あなたって何か好きな物とかってあるの?」
『広く浅くだからね。特別好きなものはないかな』
「薄っぺらいのね、あなたって」
『いやー、耳が痛いよ』
褒めても、貶しても、怒っても、泣いても。何を言っても中途半端なはっきりしない答えが返って来るだけ。
暗闇。
目を開けているのか、どこを見ているかもわからない。寒くて怖い世界。
私は向こうの世界を知っている。だからこそこの世界の素晴らしさも知っている。
ここには光が満ちている。光は私のことを暖かく包み込んでくれる。一面に広がる明るい空間は神秘的だ。
「こっちの世界はそっちより素晴らしいよ?」
「そうなんだ」
興味のなさそうな声が返って来る。
「光があるの」
『光?』
「そう光。世界ははっきり見えるし、暖かいの。当たっているだけで心地いいの」
『ふーん』
いつもと同じようにはっきりとしないものだった。だが声には好奇心が滲み出ていた。
「ここは門なの。押せばこっちに来れるわ」
『やってみる』
しばらく沈黙が続き、門がギギと微かに鳴く。
『無理だよ』
「無理じゃない。無理じゃないよ。もっと力入れて押して」
再び門が鳴く。今度は門が微かに動いた。
『やっぱ無理だよ』
「もう少し、もう少しだから」
『実はここで満足してるんだ。それにそっちが本当に私が想像しているようなところかもわからない。どんな感じかわからないし』
「大丈夫。ここはいいところだから。それにあなただってそこに不満があるからここに興味があるんでしょ?」
返って来るのは沈黙だけ。
「あと少し。あと少しだから」
『でも』
「私を信じて」
再びの沈黙。それを破ったのは門の音だった。
ギギギギという音と共に微かに真っ黒な闇が覗く。
「頑張って!あと一踏ん張りだから」
苦しそうな声が聞こえてくる。私には応援することしかできない。
ガガガ
音が変わった。
闇は大口を開けて今か今かと待っていた。
そこには1つの人影がある。
その人影はこっちの世界に倒れ込んだ。
闇はまだ諦めていないのか、体に巻きついている。
『本当にこんな世界があったんだ』
「そうだよ。あなたってやればできるじゃん」
ガタンという音で門が閉じ、闇が溶けていく。
『本当にありがとう。あなたがいなければこの世界に来る事はなかった』
そう言って立ち上がると私に後ろを向かせた。ちらっと見えた喜びに満ちた顔が頭に焼き付いている。
『次はあなたの番だよ』
軽く背中を押される。その手の温もりは門で冷やされた背中に溶けていく。
『頑張って』
私は歩く。何かに導かれるように真っ直ぐ。何もない光に満ちた空間をただひたすら真っ直ぐ進んでいく。
「門だ」
自然と口から漏れていた。
光に満ちた真っ白な世界にポツンと遠くに見えた門は徐々に大きくなり、いつの間にか門の足元まで来ていた。
門に触れてみる。
冷たい感触が手を蝕んでいく。
手をそっと門から退けて、全体重をかけて押してみる。
門は僅かにギギという音を立てるだけ。
私は座り込んだ。ここまでかなり歩いた。足も疲れている。
「はぁー」
大きなため息を吐く。ため息は白いモヤとなりやがて消えた。
(あなたって何者なの?)
声が聞こえた。なじみのある言葉。思い浮かぶのは満面の笑み。自然と笑みがこぼれた。
「誰だったかな?」
そっか。そうだったんだ。
あなたって……
クロッカスをあなたに サクセン クヌギ @sakusen_kunugi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます