【完結】神の一皿は勝利を約す

五色ひいらぎ

1章 隠者還俗

秋暁、茸香る

 くたびれたフライパンの上、ニンニクの欠片がちりちりと鳴く。熱せられたオリーブ油の匂いに混じり、特有の刺激ある香気が漂い始めた。頃合だ。

 薄黄色に透き通った茸を、一山投げ込む。

 水気と油が合わさり、激しい音が立った。山小屋の粗末なかまどの上、一塊の湯気が湧く。

 何度繰り返しても、この瞬間は好きだ。食物が生きている、と感じる。

 薪の火の上、フライパンを数度あおる。舞った茸の焼き色を確かめ、塩と胡椒をひと振り。

 ひとかけ口に入れてみる。ちょうどよい歯ごたえに、茸特有の滋味が滲んだ。


「よし」


 火から下ろして、端の欠けた皿へ山盛りにする。一仕事終えた溜息が出た。

 東向きの窓の外、朝日は山々の稜線にいまだ近い。「黄玉茸こうぎょくたけのガーリックソテー」、朝食には少々重めだ。しかし今日は大仕事――麓への買い出しがある。往復分は食い溜めておかねば。

 古びたフォークで、熱々の茸を口に運ぶ。

 ニンニクの匂いを含んだオリーブ油が、噛むたび染み出してくる。だが茸の側も負けていない。本来淡白なはずの風味が、しっかりと存在感を持って香り高い油を支えている。こりこりした肉厚の食感も、いい。

 身体に力が満ちてくる。一山の茸は、あっという間になくなった。



   ◆



 竈と洗い物を片付け、前日に準備した収穫物を背負い袋に詰めた。ようやくの実りの秋。山の恵みは、麓へ持ち込めばそれなりの対価を得られる。

 あばら家を出て獣道を歩けば、前方から低い唸り声が聞こえた。見れば木陰に、黒と茶の入り混じった毛皮が見えた。山の幻獣、斑熊まだらぐまだ。狩って麓へ持ち込めば、毛皮にも内臓にも良い値が付くが、今は争う時ではない。

 手をかざし、身に満ちる「力」をそっと送る。黄色いかすかな燐光が舞った。

 唸り声が止んだ。黒と茶の背中が、葉擦れの音と共に遠ざかっていく。

 熊の気配が消えたことを確かめ、獣道をふたたび進む。目指す先、麓の食料雑貨店までは、まだまだ歩く必要があった。

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