夕暮百物語・第25話 ルーレットおみくじ

剛さんは高校時代、強豪テニス部に所属しており、毎年夏休みを利用した強化合宿に参加していた。場所はある避暑地にあるテニスコート付きの民宿だった。日中の練習を終え、夕食までの自由時間。先輩に「暇だから付き合え」と外出に誘われた。先輩は実力もあり、プロとして期待されていた。


外出と言っても周囲に遊ぶ場所もない。歩き回り、辿り着いた場所は古い喫茶店だった。昔ながらの雰囲気で卓上ゲーム機も置いてある。剛さんは物珍しさに興奮気味で席に座り、コーヒーを注文した。すると裏の席から男女の話し声と、何かが回る音が聞こえてきた。パーテーションが付いており、そのままだと見ることが出来ない。剛さんは立ち上がり、後ろをチラリと見た。そこには誰もいない。ただテーブルの隅に何かが置いてある。それは昭和時代からある、ルーレット式おみくじ機だ。回っていたのはルーレットの玉だろう。「一体誰が回したのか」首を傾げ、席に座り直した。


先輩はおみくじ機が気になったのか、後ろの席に向かい、「お前引いてみろ」と100円玉を入れた。しかし日頃から占いに興味がない剛さんは「自分で引いてくださいよ」と断った。本音を言えば、誰もいないのに後ろから聞こえた声と、勝手に回っていたルーレットに薄気味悪さを感じたからだ。


先輩は不満気に「人の好意を無下にするな」と文句を吐き、席に座った。パーテーションで隠れてはいるが、ボタンを押しルーレットの回る音が聞こえる。その途端に先輩とは全く違う男の声で「結果はどうかな?」と楽し気に投げかける言葉が聞こえた。そして続けて「凶、当たった者のふの悪さ」という女の言葉が耳に入った。諺だろうか?剛さんにはその言葉の意味は分からない。しかし、はっきりと記憶に焼きついたそうだ。



(後ろの客が戻って来たのか?)剛さんは立ち上がり席を見るが、おみくじ結果の紙を読んでいる先輩の姿だけしかない。先輩は「凶だ。この言葉の意味が分からないな」と歯切れ悪く、剛さんに話した。周囲には自分達以外、誰も居ない。あの二つの声は何者だったのか。剛さんはその陰に籠った雰囲気に耐えられず、先輩を連れすぐに店を出た。


その後、先輩は合宿中に手首を酷く痛め、プロの道を諦めた。あの時、喫茶店で聞いた「当たった者のふの悪さ」という言葉。(たまたま当たったものが、不運に見舞われる)剛さんがそのような意味の諺だと知ったのは、随分後のことだ。

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