夕暮百物語・第24話 消え去った公園

「この場所に来ると必ず、当時よく遊んだ友人達を思い出します」前原さんは複雑そうに話し始めた。彼が小学生の頃、この空き地にあったはずの公園でよく遊んだ。「あったはずの」というのはある日、突然この場所から公園が消えたというのだ。学校が終わるとすぐにカバンを置き、仲の良い友人二人とこの場所に待ち合わせをして遊んだ。


広い敷地に沢山の遊具。定番のブランコや滑り台だけでなく、敷地の中心に大きな複合系遊具が置いてあり、ロープウェイやスライダーもあった。子供からしたら時間を忘れられる場所だった。メインのスライダーは筒状になっており、外からは中が見えない形状をしている。前原さん達はスライダーの出口から入り、てっぺんまで登ったりと自由気ままに遊んでいた。「大人からしたら大した景色ではないでしょうが」子供の前原さんにとって、頂上から見下ろす景色はとても気持ちよく、特別な場所だったそうだ。それは友人二人も同じだった。


友人は鉄雄と豊と言う名前だった、前原さん含めた3人はいつも陽が落ちるまでこの公園で遊んでいた。その日も学校が終わり、彼らと公園で待ち合わせをしていた。ブランコやシーソー、今や見かけることもなくなった、球体形の回転ジャングルジムで一通り遊んだ後、メインの複合遊具へ足を向けた。


リーダーの鉄雄が「よし!頂上まで競争だ!」と突然叫んだ。続けて豊が「ビリは罰ゲームだな」と答え走り出した。3人の中で一番大人しく、足の遅い前原さんはスタートに出遅れた。罰ゲームは嫌だ、焦りを感じる。3人の中での罰ゲームは、肩にパンチをする「肩パン」が定番だったからだ。定番といっても大半、前原さんが罰ゲームを受け、正直辟易していた。前原さんの前を走る二人は、みるみる距離を広げていった。


筒状のスライダーの出口に辿り着き、二人は身体をスルスルと滑り込めていった。「あぁもう間に合わない」前原さんは心の中でボソリと呟き、スライダーの中から聞こえる二人のパタパタとした足音を聞き、走る足を緩めた。二人が頂上まで上がり、前原さんを見下ろす光景が目に浮かぶ。頭と顎を上にして、頂上に視線を向けた。パタパタとした足音は一向に止まらない。「おーい!何してるんだ?早く出てこいよ」声を遊具に向けたが、中から反響する足音だけが聞こえてくる。


しばらく待っても姿を現さず、スライダーの出口に頭を入れた。「パタパタパタパタ」反響する二人の足音が耳に捩じ込まれる。だが目線を上にあげても二人の姿はない。見えるのはスライダーの出口から見えるカーブの部分だけだ。

すぐさま頭を外に出し、遊具全体を見回す。

「鉄雄!豊!返事しろよ!どこに居るんだよ!ふざけてる場合じゃないだろー」前原さんの声が公園全体にこだました。足音はそれでも延々と続いている。


前原さんはこのリズミカルな音が自分にとって不協和音であるかのような気持ち悪さを感じた。次第に足が震え始めた。   

後ろを振り向き、震える足を引きずるように公園の外へ出た。そして再度、公園に目を向けた。前原さんは呆気に取られる。あんなに沢山あった遊具は目の前から消えていた。手入れをせず、茂ったままの雑草だけしかない土地が見える。そこは空き地だった。たった今まで遊具で遊んでいたのに。前原さんは夢でも見ていたのかと、頭が混乱した。


もう一度、足をその場所に踏み入れる。

すると「パタパタパタパタ」二人分の足音が聞こえてきた。二人はまだ遊具の頂上へ向かい登っている。まるで同じ場所をぐるぐる回っているよう延々と音が聞こえる。急いで自宅へ戻り、母親に起きたこと全てを報告した。


母親は苦い顔をして「鉄雄?豊?誰よそれ」と突き放した言葉を吐いた。加えて「あそこはずっと前から空き地よ、遊具なんてあるわけないじゃない」と話し、まるで前原さんが嘘をついているような扱いだ。母親の話に納得いかぬまま、翌日学校へ行くとクラスメイトも二人の友人の存在を知らない。一緒に授業を受け、遊び、帰ったはずなのに。結局、前原さん以外、鉄雄と豊の存在を覚えている者はいなかった。


あれから随分経つ。大人になり、仲良しだった友人は自分が作った幻影だったのではと思う時がある。それに公園には常に自分達3人しかいなかったことも不思議だ。そう思う度、記憶を確かめるようにあの公園があった場所へ向かう。今そこは空き地から駐車場に変わり、広々とした場所に何台も車が駐車されている。ただ昼だろうが夜だろうが、この場所に来ると「パタパタパタパタ」と二人の足音が未だに聞こえる。いつまでも頂上へ目指す、虚しい音が前原さんの耳に響く。

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