夕暮百物語・第23話 3度きた女

翠さんは手相占いを職業にしている。一度見た顔と手相は忘れない。昔から自信をもち、客の前でもそれを口にしていた。しかし、そんな翠さんの自信が揺らいだ出来事がある。それは数年前、忙しい年始の時期だった。彼女はある大きな神社の許可を得て、手相客を取っていた。


参拝客が溢れる中、手相に興味がありそうな人間を物色して声をかける。相手が少しでも足を止めると、こっちのものだ。持ち前の営業トークで引き込み、客に手の平を広げさせる。カップルや友達連れだと、より効率も良い。その日も何組かの手相の診断後、店じまいの準備をしていた。するとそこに20代前半の女が現れた。手相に興味があるのだろうか。貼り出している説明表を眺め、自分の手の平を見つめている。


翠さんは(この人で今日は最後にしよう)声をかけた。女は手相を診てもらうのは初めてだと答えた。手の平を眺め、一つ一つ丁寧に説明していく。最後に生命線の説明だ。異常に線が短い。どうやら本人も気にしているようだ。「すぐ側にある線が、生命線を支えている。だから心配ない」と伝えると彼女は安心した顔で帰った。女を見送り、片付けをしていると後ろに気配を感じる。


翠さんが振り返ると、そこには先程の女が立っていた。すぐに「何か聞き忘れた事がありましたか?」と問いかけると、女はニヤついた顔で手の平を出してきた。反射的に手相に目がいく。そこには線も皺も一つない手の平が見えるだけだった。目を凝らし、何度も手の平を見返す。まるでマネキンのようだ。


何も答えることが出来ず、翠さんは立ちすくむ。すると女は「支えるつもりはないから」と意味の分からない言葉を呟き、満足そうに帰って行った。彼女は只々、その後ろ姿を見ることしか出来なかった。翌年の年始。以前と同じ場所で手相占いをしていると、またあの女が現れた。はっきりと覚えている。翠さんが声をかける間もなく、女は手の平を出す。視線の先には、覚えのある手相が見えた。ただ一箇所だけ大きく違う、生命線だ。


異常に短かった生命線は、支えていたすぐ側の線に完全に取り込まれていた。翠さんが「こんな顕著に変わる線も珍しい」と伝えると、女は歪な笑顔で「もう支える必要なくなったから」と答え、去って行った。それ以来あの女を見ることはない。三度見た女の姿。全てが同じ人物だったのか、翠さんは未だ確信を持てていない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る