夕暮百物語・第22話 ブクブクブク

葉月さんには浩介という幼馴染がいた。年齢も同じで、毎日一緒に遊んでいた仲だ。けれど浩介は小学校へ上がってすぐ、不慮の事故で亡くなってしまった。近くの溜池に落ちたのが原因だ。葉月さんは家族を亡くしたような喪失感に悩んだが、それ以上に浩介の母が悲しむ姿が辛かった。


 そんな浩介の母はいつも彼が亡くなった溜池に足を運んでいた。理由は浩介が大切にしていた人形だ。どこかのマスコットキャラのような、指のない丸みのある手が特徴的で、彼が可愛がっていたのを葉月さんは覚えている。

 その人形が見当たらない。浩介は亡くなった日、人形を抱きしめながら溜池へ向かったらしい。大人達がくまなく探したが、結局その人形は見つからなかった。けれども、浩介の母は諦めがつかない。周囲の人間も哀れみの目で眺めていた。

 そんなある日。葉月さんは家族におつかいを頼まれた。目的地へ向かい、道を歩いていると、浩介の母が横を通り過ぎた。葉月さんが声をかけても気づかない。歪なほどの笑顔で溜池の方へ走っていく。



 ――もしかしたら人形が見つかったのかしら

 

 急いで買い物を済ませ、溜池へ向かう。けれどそこには誰一人いない。もう帰ってしまったのだろうか?それとも自分の勘違いか?何だか拍子抜けし踵を返そうとすると、



 ブクブクブク……


 水面から泡が立つのが見えた。

目の前に大きな泡。まるで人が潜り、息が漏れたような、そんな泡だ。葉月さんはその光景を見て不安になる。


 「もしかしたら」

 すぐに水面に向かい「おばさん!」と声をかけるが反応はない。大きな泡が水面にたつだけ。すると溜池の真ん中に何かが見えた。


ブクブクブク……


 小さな泡が同じように見える。

「何だろう…」葉月さんは何故か空恐ろしさを感じた。そして大小の泡は互いに近づき、合わさって消えた。それを見て、葉月さんは周囲に助けを呼びに行った。

 その後、大人達が調べると、浩介の母と人形が溜池に沈んでいるのが分かった。ただ皆の顔が青ざめる。浩介の母が人形と手を繋いで沈んでいたからだ。指のない丸みのあった人形の手だったことを、葉月さんは覚えていた。けれど発見された時、人形の手はまるで人間の指のように別れていた。そしてがっちりと彼の母の手を握りしめていたそうだ。


その出来事以降、時折葉月さんは溜池に花を手向けに行く。


ブクブクブク……


その度、水面にあの時と同じ泡が現れるそうだ。

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