夕暮百物語・第18話 火車

村田さんは幼い頃、祖父から厳しくしつけを受けた。

 「悪行は絶対に行うな」それが祖父の口癖であった。


 粗相をするたび、祖父は「死んだら火車が迎えに来て、地獄に連れていく」と脅しをかけてきた。

 火車とは悪行を犯した亡者を地獄へ乗せる、燃えさかる車だと言われる。

 幼少期の村田さんはその話に怯え、祖父の言葉に従う。

 けれど成長し、思春期になると憧れる人間が現れた。村田さんの叔父だ。

 謂わゆるアウトローな人間で、叔父というだけで素性が分からない存在だった。


 いつも問題を起こし、家族に迷惑をかけていた。叔父の実の父である祖父は「あいつは死んだら火車に連れていかれる」と、毎日のように愚痴を吐き、疎んでいた。

 そんな無頼漢な叔父に、村田さんは何故か惹かれたそうだ。


 祖父が亡くなると両親の反対を押し切り、村田さんは叔父と一緒に過ごすことになる。気づけば高校へも行かず、悪さばかりをしていた。

 叔父も真っ当に働かず、何処からか金を手に入れてくる。村田さんから見ても、明らかに堅気の仕事などしていないと理解した。


 (自分もこのまま、堕ちていくのか)

 徐々に後悔の気持ちが溢れてきたが、叔父は村田さんを可愛がり、いつも寂しげな表情をしていた。それが理由で離れ難かったそうだ。


 けれどある日、2人の生活が突然終わりを告げる。トラブルに巻き込まれ、叔父が大怪我を負ったからだ。

 医者にも診てもらわず自室で寝込み、痛みで唸るだけだ。少しずつ呼吸が浅くなる。そんな叔父の姿を見て、


 (そろそろ厳しいかもしれない)


そんな考えが頭に浮かぶ。

 その瞬間、敷地から車輪が地面を転がるような轟音が響いた。

 加えて、カーテン越しから赤い閃光が見える。


 村田さんが驚きカーテンを開けると、真っ赤に燃えた物体が敷地に鎮座していた。それと同時に、背中から叔父の断末魔が聞こえる。


 すぐさま後ろを振り向く。しかし、そこには叔父の姿はない。布団はまるで火に襲われたように煤け、部屋中が焦げ臭さに包まれていた。


 そして敷地に鎮座していたはずの燃えさかる物体は、いつの間にか消えていた。

 しばらく叔父を家で待ち続けたが、結局戻らぬままだった。


 ふと祖父の言葉を思い出した。

「あいつは死んだら火車に連れていかれる」

 そして村田さんは待つことを諦めた。


 その後、村田さんは自宅に戻り高校へ入り直した。今では真面目な生活を送っている。

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