夕暮百物語・第15話 爆ぜる

金城さんは電車のない沖縄で育った。就職して東京に住むまで、電車に乗った経験もなかったそうだ。入社後しばらくは切符を買うことにも緊張し、乗り間違いがないよう細心の注意を払った。東京蒲田駅から私鉄京急線の有名な赤い電車に乗り、上大岡方面の職場へ向かう。乗る場所は一番前、先頭車両だ。下りの電車とはいえ、朝はサラリーマンや学生で混雑していた。皆、電車に揺られながら雑誌に目を向けたり、話し込んだりしている。そんな乗客達を横目に、電車の窓から見える風景をぼんやりと金城さんは眺めていた。


東京と神奈川を繋ぐ橋を越え、しばらく走ると目的地の駅手前の踏切に差し掛かった。そこで大きな音が金城さんの耳に入った。「パン!」何かが爆ぜるような音だったそうだ。「何かぶつかったのか?」金城さんに一瞬、緊張が走った。しかし、他の乗客の様子は変わらない。それどころか電車は止まることなく目的地へ向かっていた。「あの音は何だったのだろう」そんな疑問を抱えたが、周囲の反応を見ても気のせいとしか思えない。ただ何とも不安に、そして耳障りの悪い音だった。


それからも毎朝その電車に乗るたび、同じ場所であの音が聞こえた。何かが爆ぜるような。やはり他の乗客の様子は変わらず、金城さんにしか聞こえていないようだった。


ある日、いつものよう橋を越え、金城さんを乗せる電車はあの音が聞こえる踏み切りへ近づいた。すると耳を塞ぎたくなる程の警笛の後、「パン!」あの爆ぜる音が聞こえた。その瞬間、他の乗客の顔色が変わった。そして電車は止まった。いつもと違う、金城さんはそう感じたそうだ。


その後、車掌の「人身事故が発生しました、お客様救護のため電車を停止致します」というアナウンスが聞こえ、彼は「この音だったのか」と呟き納得した。あの爆ぜる音。それは電車に人がぶつかり、爆ぜる音だったのだ。その日は重要な会議に遅刻し、散々なものだったが、それ以上に何処か胸のつかえが取れた気持ちになった。


翌日いつもの時間に電車に乗り、踏み切りに近づくと「パン!パン!」と爆ぜる音が2回に増えていた。変わらず乗客は無反応だ。この電車、それともこの場所の記憶なのか?何故自分だけに聞こえるのかは未だに分からない。ただ金城さんは「あの音を聞くのが習慣になってしまいました、会社を退職するまでこの時間の電車に乗り続けます」と笑って答えた。

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