夕暮百物語・第14話 臍の緒
海沿いに住む牧田さん。彼の住む地域では「臍の緒」が大切な役割を果たしていた。
——子供を守るお守りだ。
そんな話を聞いた。
牧田さん自身、海辺へ行く時は必ず臍の緒を持たされた。それは精通、初潮を迎えるまで。
理由を尋ねると「人の子供という証拠だ」そんな意味の分からぬことを言われた。
小さな桐の箱に入れられ、肌身離さず持てと教えられた。
ある日友人達と海辺へ行き、臍の緒の話になった。友人の1人、勝は豪胆な子供で地域のガキ大将だった。
「こんな物を持ってられるか」そう吐き捨て、自分の臍の緒を海へ投げ捨てた。
牧田さんや他の友人達にも「捨てろ」と命令してきたが、誰も受け入れなかったそうだ。
ガキ大将よりも親達に叱られる方が怖かったからだ。
その日は勝に罵声を散々浴びせられ、辟易としながら帰宅した。
自宅に帰り、親に勝のことを伝えると両親の表情が変わった。
父親がすぐに勝の自宅に電話した。
電話口から勝の泣き騒ぎ、謝る声が漏れている。
(一体何があったのか...)
牧田さんは不安に襲われる。
翌日から勝の姿が消えた。どうやら自宅から出してもらえないようだった。
海辺では大人達が浜辺に集まり何かを探していた。理由を聞くと「勝の臍の緒を探している」とだけ答えてくれた。
けれど結局見つからず、気づけば大人達が浜辺から消え、牧田さん含め子供だけが残る。
一頻り海を眺め帰ろうとすると、沖から何かが近づいてきた。
ゆっくりゆっくり
それは裸の女のようなものだった。
ようなもの
人の形をしているが、人ではない。まるで魚のすり身を女の型にはめたような、真っ白で柔な肌だ。それは浜に上がり、牧田さん達に近づいて頭を向けた。
目鼻口もない頭部から、「人の子か」そう意味不明な一言が聞こえた気がした。
牧田さんが住まう場所へ海蛇のようにユラユラと進んでいく。牧田さんは臍の緒が入った桐の箱を握りしめ、震え眺めることしか出来なかった。
翌日、勝が家から忽然と消えたそうだ。
勝の両親や家族が騒ぐことはない。まるで存在しなかったように。日常を過ごしていた。
牧田さんが勝を不憫に思い、父に尋ねた。父は「勝は人の子ではなくなったからだ」とだけ答えた。
あの女のようなものが原因かはわからない。けれど人の親になった牧田さんは、海辺へ行くとき必ず、子供に臍の緒を持たせている。
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