夕暮百物語・第5話救出者

長野県の雪山で育った斉藤さん。雪のシーズンは毎日のように友人と山へ行った。大人達には決められた場所で遊ぶことを約束されていた。慣れた場所も天候が変わると雪崩の危険性もあり、危険地帯へ変わる。けれど冒険心の強かった斉藤さんは、約束を守らなかった。友人達を連れては、決められた場所以外で遊んでいた。中学生になった斉藤さんはその日も、友人達と山へ向かった。


 穏やかな天気であったが、徐々に天候が悪化する。友人達は不安になり「帰ろう」と斉藤さんに声をかけた。けれど斉藤さんは遊びたい気持ちに負けてしまう。友人達を先に帰らせ、少しだけ残ることを決めた。しばらく遊んでいると、山の上から轟音が聞こえた。振り向いた瞬間、目の前は真っ白な煙に包まれる。すぐにそれが雪煙だと気づいた。雪崩だ。斉藤さんは冷たい雪に押しつぶされ、身動きが取れなくなった。意識はあるが、どれだけ流されたか、雪の中では上下左右も分からない。運良く気道は確保され、声をあげることは出来た。


 「誰か助けて!!」とにかく助けを呼ぶしかない。すると思いの外早く「頑張れ!」という声が聞こえてきた。斉藤さんは声を振り絞って自分の場所を知らせる。「頑張れ!もう少し!」沢山の声が近づいてくる。すると斉藤さんの腕を雪を押し退けながら、何かが掴んだ。彼は(助けが来た!)と心の中で歓喜した。そして腕は上へ引っ張られる。


 「頑張れ!頑張れ!あと少し」老若男女の歓声が強くなる。徐々に身体は(ズズズ...ズズズ)と上へ移動する。「雪から出られる」そう斉藤さんが確信した瞬間。背中の方から雪が取り除かれる音が聞こえた。「おい!居たぞ!」聞き覚えある声が耳に入る。身体を掴まれ、雪から出ることが出来た。そこには友人と、顔を知る地元の大人達がいた。心配そうに斉藤さんを見つめている。どうやら雪崩の音を聞いた友人達が大人達に知らせてくれたらしい。ただ先に救出者らしき声が聞こえ、その場に行くと誰も見当たらなかったそうだ。途方に暮れると、足元から斉藤さんの声が聞こえ、何とか雪を取り除くことが出来た。斉藤さんは雪の一番底に沈み、何故か片腕だけ土の中に埋まっていた。


 斉藤さんは未だにあの沢山の歓声が何者達だったのか分からないと話す。けれど「頑張れ!あと少し!」という掛け声。それはは土の中へ自分を引き摺り込もうとした声だった。「それだけは確信している」と斉藤さんは話した。

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