夕暮百物語 第4話 窓
紗夜さんがまだ女子高生だった20年前の話。彼女は通学で東京地下鉄、都営三田線を利用していた。当時は始発の三田から学校最寄りの駅である白山まで座って行けたそうだ。「けれど乗っている間は目を瞑るか、下を向いてました」と紗夜さんは苦笑いをして話した。その理由は「窓」にあった。入学初日、電車に駆け乗り、椅子に座った。電車は次の駅の芝公園へ向け動き出し、次第に地下の暗がりで景色が見えなくなった。その瞬間、窓に何かが張り付いているのに気付いた。「それは小さな少年でした。気持ち悪いほど無表情で窓に張り付き、視線を左右に動かしていた」と紗夜さんは話した。最初は何かの見間違いかと思った。だが、やはり目の前にいる。芝公園に着き、景色が明るくなると姿が見えなくなった。しかし暗がりになると再び姿を現した。それは目的地の駅まで続いた。最初は初登校の緊張かと思ったが、帰りの電車にまた少年が現れた。
それから毎日地下鉄で、その少年を見かけた。何処に立っても座ってもだ。目を合わせることなく視線を動かすだけだが、何とも気持ち悪い。だから高校通学の3年間、なるべく窓に目を向けないようにした。それが理由で友人達とは登下校は別で行動し、「なんで一緒に帰らないのよ」と文句を言われたそうだ。まさか「電車の窓に男の子が張り付いているから」などと口が裂けても言えない。紗夜さんは適当にはぐらかしていた。
しかし、卒業式の日。別の路線を使っていた親友に「紗夜、最後くらいは一緒に帰ろう」とせがまれた。どうせこの地下鉄に乗るのも最後だ。紗夜さんは快く了承した。駅に着き、電車に乗ると少年は現れた。相変わらず視線を動かしている。うわのそらで談笑していると、少年が親友に視線を止めた。3年間無表情だった顔が、見たことない歓喜の表情に変わったことに気づいた。こんなことは一度もなかった。
三田駅に着き去り際、親友の隣に小さな学生服の少年が立っていた。親友のスカートの裾を握り、歩いている。何となく「あの少年だ」と感じた。その後、時々親友と会う機会はあったが特に変わりはなかった。ただ先日、初めて親友の家に招かれた。お互い結婚し、専業主婦になっている。親友に学校から帰ってきた一人息子を紹介された。初対面にも関わらずその子は歓喜の表情を浮かべ、紗夜さんに挨拶をした。親友の息子の顔は、あの時の少年の笑顔に瓜二つだったそうだ。
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