3.なぜ創作論を語ってしまうのか?

 さて予告した、「なぜ創作者は創作論を語ってしまうのか」問題である。


 前ページの嫌味なアンチ創作論から嫌味を取り除くと以下のようになるだろう。

「創作論を語ってる暇があったら、創作した方が有益である」

 これ自体も創作論だが、経験則としては確度の高い事実であると言えるだろう。あくまでも「我々の目的は創作をすることであって、創作論は脇道に過ぎない」という前提の元で、という話になるが。


 であるにも関わらず、創作者はなぜか創作論を語ってしまうのだ。

 自作語りをしたくなって、推し作品語りをしたくなって、流れてきた別の誰かの創作論に釣られて、嫌味な創作論にムカついて、などなど。

 ここには、一種のやむにやまれぬ衝動の作用が働いている。


 創作者であればきっと、やむにやまれぬ衝動に駆られて創作に走った経験があるのではないだろうか。

 そして、その衝動にはきっと、どこかに源泉があったのではないだろうか。それは、現実の経験だったり、あるいは、他の誰かの素晴らしい作品だったりすることと思う。

 だが、自分が創作をしているという行為自体は創作衝動の源泉にはならない。

 一本の作品の執筆中は、後から後から次の展開が湧いてきて、息もつかせぬスピードで書き切ってしまうということはあるかもしれない。だがそれは一本の作品を書き切るまでの話である。あるいは別種の作品の新連載に走る例もあるかもしれないが、そうやって自分の内部のイメージを形にし続けると、いつかはそれらは尽きる。


 代わりに湧いてくるのが創作論だ。

「自分がやっているこれ、この上なく大事に思っているこれは、いったい何なのか」

の自己定義が必要になるのだ。

 自作品語りも、広い意味では同じ作用がある。個別の物事を個別の物事として扱う作品に、一般的な、より非個人的な意味合いを付加したくなるのだ。


 それが良いか悪いかは置いておいて、衝動が向かう図式は以下のようになる。


(実体験や他作品の鑑賞)→(創作)→(創作論)→ ?


 ここで、最後の「?」が問題である。

 創作論を語ることは、次の創作のための衝動の源泉、原動力となるのだろうか。

 人によってはそういう場合もあるかもしれない。だが、このような短い経路のマッチポンプは創作者の精神衛生にとって危険を孕むものとなるだろう。創作も創作論もアウトプットであり、インプットではない。創作と創作論の短いサイクルを回し続ければ、創造性は枯渇するだろう。

 それに、前掲のアンチ創作論の例もあるように、創作論自体が創作衝動の源泉になっているような例は少ない、というのが多くの人の実体験とマッチするのではないだろうか。


 現実を生きていると溜まってくるモヤモヤは、創作に振り向けられる。

 創作活動をしていると溜まってくるモヤモヤは、創作論の展開に振り向けられる。

 では、創作論を語っていると溜まってくるモヤモヤは、何に振り向ければいいのだろうか?


 この答えは存在しない。

 創作が目的であるとすると、ループの最初の方に戻ることを志向した方がいいかもしれない。


「素晴らしい他作品を鑑賞し、創作論で得た知見によって新たな発見を得る」

 これは一つの答えかもしれない。ただこの答えには抜けがある。

「自分の新しい創作のために他の創作物を鑑賞するのは、食べたものを消化せず、そのまま吐き出しているようなものではないか」

という懸念があるのだ。また、

「創作に疲れて創作論をぶつようになっているが、他者の創作物を鑑賞できるほどの精神的余裕がない」

「溜め込んだ創作論で頭でっかちになってしまって、知らず知らず他作品を批判的に見てしまう」

という可能性もある。これは赤信号だ。こうなったら本当に休んだ方がいいだろう。


 どんなループにせよ、個人の体力精神力を超えて回し続けるのは長期的に考えて、その人のためにならない。そうなってしまったら、創作をする目的について、一度考えてみるといいだろう。

 創作をするのは、創作をすること自体が目的ではなく、自分で本当に良いと思う創作物を生み出すためではないだろうか? あるいは、その作品の存在によって、自分の人生をより良く生きるためではないだろうか?


 また、創作に向き合えない、ついついインターネット創作論に向かってしまう創作者については、こう言えるかもしれない。

「自分は今、自分のこだわっている内容の非個人化、一般化の衝動が働いているのだ」

 こう思うことで少しは楽になるかもしれない。

 また、非個人化・一般化の衝動とは、哲学や、その他の抽象的な学問と近いところにあるかもしれない。哲学書を読んでみるとか、そこまでいかなくても、Wikipedia の哲学関連のページをパラパラ眺めてみるのは助けになるかもしれない。


 いずれにせよ、求める答えが自分の中だけにあるということはあり得ないのだ。


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