第52話 ゆうのこと大好きだったよ

「痛い」




 そうゆうは漏らした。


「なんでそんなこと言われないといけないの? 杏に気持ちがあるなら、このままでいいでしょう? ずっと一緒でいいじゃない」


「重い」


「重い?」


「うん、私重い女の子は嫌いなの」


「私の事、嫌い」

 言葉を出すのが苦しかった。


「今、嫌いになった」


「嘘つき、好きって言ったくせに」


「もう終わりだよ」


「嫌だよ。もっと一緒がいい。杏の傷を見ても表情変えてないよね。他の子なら動揺するよ。私は杏の味方だよ。考えてよ。絶対に私が一番いいよ。考え直して」


「後を考えても私は今あなたと離れたい」


「ゆうって呼んでよ。お願い」


「ということでゆうを私達のところへ持って帰ろうと思います」


 お母様は「ご迷惑をおかけしました。今まで誠にお世話になりました」と頭を下げられた。


「先ほどは出過ぎた真似をしてしまい申し訳ございません。代わりに頬を張ってください」

 お母さんはそう謝った。


「じゃあ、杏さんに」

 叩かれる事を覚悟した。

 目をつぶると頬に触れた手は優しくかった。

 目を開けるとお母様は一言。



「ありがとう」



 私達は早々にゆうの所から帰った。

 お父さんの運転する車の後部座席に乗った。

 車の後ろを駆けるゆうの音がキツかった。


 隣に座るお母さんが「あの女、重かったね。よく大人の対応したね。偉いよ」と、肩を叩いてくれた。お母さんの肩に頭を預けて泣いた。


 お父さんは何も言わなかった。



 家に着いたら、お母さんは料理を始めた。

「何か食べる? 暑いから温かい物はちょっと辛いけど、そーめんならすぐ出来るわよ」


「それって、素麺しか選択肢ないじゃん」


「そうよ。そーめんしか無いもの。荷物は向こうにあるの?」


「そこまで覚悟決めて無かったから」


「大家さんに連絡して、あの子が向こうに行った後に私と取りに行きましょう」


「お母さん、それは申し訳ないよ。遠いし」


「あなたが住んだ街を一回見てみたいわ」

 大家さんに連絡すると何だかんだ言って海外行きを抵抗して、会話も平行線だそうだ。

 どこでもいいから国内にいる。そのうち絶対杏の心は変わる。


 また何か変わったら連絡すると言ってくれた。連絡は三日後の夜に来た。


「緊急事態なんだ。ゆうが事故に遭った」

 お母さんに伝えるとすぐに車を出してくれた。どこの病院か分からず、一番近い病院に賭けた。


 救急室の扉の前で大家さんとご両親がうつむいていた。


「そのあの」


「来てくれたんだね。自動車が交差点に突っ込んで来た。三人巻き込まれて二人は死んだ。あの子の場所が一番酷かった」


 血のついた服を着たお医者さんが出て来た。


「非常に厳しい状況です」

 それを何度も告げて、処置室に帰っていく。

 何度目かでお医者さんが「もう蘇生は困難です」と。


 ご両親は崩れ落ちた。私はそれをボーッと見ていた。


「きれいにするので、少しお待ちください」

 中に入って寝かされたゆうを見た。先に手を触った。温かくてちゃんと手を大切にしてくれている事を知った。


 大家さんもご両親も身体に縋っていた。目を覚まして、どうして、こんなことって。


 その時、確かにこの女の子を忘れないことが丸々頭に刻み込まれた。


 耳は最後まで聞こえているらしい。私は耳元で「ごめんね。大好きだったよ」と囁いた。


    

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