第51話 私は杏が好き

「なんで? 私、いい子にしてたよ。私にとっての一番は杏だし、今は杏の一番は私じゃなくてもそのうちその気にさせる。それだけだよ」


「好きでも無い相手から同じことをされたらどう思う?」

 お母様は隣に座るゆうの両肩をゆすった。


「だって、杏は私のこと好きって」


「本当にだった?」


「わかんないよ」


「あのね。ゆう、好きを要求してね。嫌いっていう人はいないの。好きって言われたら好きっていうしか無いの」


「杏。私の事、好きだよね。嫌いじゃ無いよね。ずっと好きだったよね。他の人と出掛けるの浮気って言ってくれたよね」


「好きだよ。中途半端だったね。ごめん、私はゆうが願う形の好きでは無いの。もっとはやく言えば良かったね」

 目の前の女の子はボロボロ涙を流している。

 なんて最低な女だろう。

 ここで嘘はこの子を一瞬だけ幸せにして、後に不幸にしてしまう。


 早くどっちか選べというのは伊藤さんの言葉だった。このタイミングが適切だったのか、二年前に他の女の子が逃げたタイミングが良かったのか。


 後に回したせいでゆうに期待をさせてしまった。一緒に住んでしまった。実家では出来ないことをいっぱいした。思い出を作ってしまった。


「杏は私の事、好きじゃ無いの? 本当にもう何週間も何ヶ月もいいから、いくらでも何年でも待つから、それでは好きじゃない? 身体はいらないよ。待てるよ」


「ゆう、聞きなさい」


「嫌だよ」


「いいから、あのね。待つのが何年先になるか分からないとかの前にね。もし三十年待たされてふいにされたら、あなたは相手を殺すわよ。人を殺すのはその人を手に入れるわけでは無いの。その人を終わらしてしまうの。それは全く持って特別ではないの」


「そんなの違う。私は杏といたい」


「ゆう、止めなさい」

 戻って来たお父様が前にせりだすゆうを止めた。


「杏、好きでしょ。あんなに好きをいっぱいくれたでしょ。制服を見に来てくれたよね。お見舞いも参観もご飯いっぱい食べたよね。これかもずっと一緒にいようよ。楽しい事いっぱいして大学卒業してから、その先を考えようよ」


「ゆう、あなたは丸田さんの事を待って、丸田さんの将来に沿って自分の将来を決めるでしょ」


「当たり前でしょ。好きな人と同じ道を歩いて何が良くないの?」


「考えなかった? もしゆうがずっと好きでもその時杏さんがあなたを好きで無くなったら、それを杏さんはどう思うか」


 お父様の手はゆうの腕を握って離さない。


「依存は嫌なの。ゆうは将来の話をするといつも待てる。いつも一緒にって。私ね、ちょっと疲れちゃった。離れて暮らしたい」


「分かりました。大学休学して通いますね。それがいいですよね。当然ですよね」



 パチンとうちのお母さんがゆうの頬を張った。



 驚いた。そういうことをする人じゃないと思っていたし、何よりそういう人じゃないって思っていたから。


「わきまえて、杏の心にゆうさんがいるうちに離してあげて、お願い」








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