第53話 終わり

 喪服で臨んだお葬式、お経の声と会館に広がるお線香の香り、粗供養のお茶を待って焼き場に行く段になり、棺桶の蓋をもう閉めるとなった。


「行って来なさい。ちゃんとお別れ言うのよ」

 残った最後の花をゆうの顔の横に置いた。きれいな顔だった。美人だな。

 いっぱいの思い出と困ったゆうの顔が蘇って来て、私は棺桶に縋りついた。


「嫌だ。嫌だよ、行かないで、私はちゃんとあなたと将来を約束するよ。あなたと結婚して、幸せに暮らすの。あなたがしたいことは全部させてあげる。ちょっと別居するだけじゃない。それがダメなら私はちゃんと向き合うから、行かないで」


 両腕を持ち上げたのはゆうのご両親だった。肩を抱きしめたお母様は何度もありがとうと言ってくれた。


 あの時のあの言葉が全部の本当では無かったのね。ありがとうね。そう言って二人で泣いた。私たちを止める人はいなかった。


 燃えて軽くなったゆうは小さな箱に入った。後日、小さな小瓶に入った骨の粉末を持たせてくれた。


「たまにでいいから、思い出してやってね。重いなら捨てていいから」

 ご両親も小瓶を持ち、残りは大家さんが管理する先祖代々の墓に入るらしい。


 二年後、東京の家にお母さんと一緒に行った。

「きれいなところね」


「早く片付けないとね」

 リビングの机の上にはカビキラーと乾いたお菓子の袋が載っていた。そこじゃないだろうと思いながら、自室に入った。


「持ち物は少ないのね」


「ほとんどの携帯で管理するからね」

 片付けの為、いや自分の中に引っかかるゆうの痕跡を薄める為、この家に一週間くらい留まることになる。ゆうの荷物は引き払ったようだ。三冊ノートとロック解除した携帯がある。

 それを余裕があれば見て欲しいと書き置きがあった。もう二年前に私へ宛てられたゆうの両親の手紙。

 ここの家賃も「ちゃんと気持ちが固まるまで」と、ゆうの両親が払ってくれていた。


「私はホテルに」


「少し寂しい」


「ここでのお別れはあなたにしか出来ないわよ。一週間、期待させた罪をつぐないなさい」


 伊藤さんを呼び出して話をした間、沈痛な面持ちだった。

「二年前、決まる前に逝ったのか。当時ゼミのみんなも辛そうだった。思い出は見たの?」


「一人で見る勇気が無くて」


「今日の予定は?」


「無いです」


「一緒に見よう。一人で見るより笑って見た方がいいよ。うわ、容量でかいな。写真と動画めちゃくちゃあるじゃん」

 マイクの性能もめちゃくちゃ良かった。


「ごほん、後で見直した方がいいよな。東京に戻って来たらサプライズしなきゃだよね。恥ずかしいな」


 バサバサ紙を取り出した。


「杏、お帰りなさい。頑張って掃除したよ。きれいなお家で二人で弟さんの無事を祝おうね。今日の為にケーキを冷凍しています。一緒に食べましょう。作り置きも無くなって来たから一緒に作ろうね。帰って来なかった時のも考えないと」


 湧いた涙に驚いた。後悔と悔しさと苦しみとそれを思う立場に無い自分の愚かさを憎んだ。いっぱいキスすれば良かったのかな。

 勇気を出してセックスをして、手が出ない関係よりも手が出た関係の方がゆうは救われたのかな。


 ゆうは携帯を伏せたようだ。

「来週帰って来なかったら催促のメッセ送らなきゃ」


 ここで音声と映像が切れていた。

 私は。



 完

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