第48話 弟の入院

「大学の夏休みは長い。この間にたくさんの思い出を作りましょう。ホラーハウスかお化け屋敷か戦慄迷宮か」


「なんで怖いところばかりなの?」


「もちろん怖くて抱きしめてくれるところを妄想、なんてしていませんよ」

 ラッキースケベくらい想像させてもいいか。私、ホラーは平気なんだよな。


「二人っきりだと楽しいけどー、友達いた方が楽しーなー」


「最近、あの女を欲しがっていませんか? まさか私のいないところで手練手管を教わっている」


「そんなことはないよ。浮気になっちゃうじゃん」

 手練手管を教えて貰っているのは事実なのだが、キスマークがどれほどの技なのか私には分からない。


「浮気になるって事は、私は本命?」

 ほら、私焦って地雷踏んだよ。


「ま、まぁ。ほん、めいに、なる、かなー」

 なぜか分からないけど抱きしめられ、耳にキスをされた。


「引いた?」


「ちょっとビックリした」


「これから順番に口にいこうね。口にしたらもう止まらないかも」

 耳が最終防衛線ということが分かった。ここからはいかせない。


「キスはやっぱりー、ちょっとー、怖いなー」


「そうしたら、まずはいっぱい抱きしめますね。帰ってきたら一ハグ、お風呂上がったら一ハグ、寝る前に一ハグ。


 食べる感覚でハグをされてしまうようだ。困ったな。これでは一ヶ月後くらいには身体に触れる抵抗感が無くなっているだろう。

 それ狙いか。


「ゆっくり前に進みましょう。大丈夫です。何も怖くありません」

 これでキスマークしたらもう止まらないと思う。伊藤さんはこの子の事、ちょっと盲目な女の子くらいにしか思っていないだろう。


 違うのちょっとじゃないの。とてもたくさんすごいの。


「今日はバターチキンカレーにしますね」

 もうどう考えてもこの子は最終形を目指しているし、結婚も本気で考えているだろう。

 こちらが下手に先手を打つと伊藤さんは消される。ダメだ、八方塞がりだ。



 弟に知恵を借りよう。



「ヤンデレと距離を空けようとするにはどうしたらいい?」

 即、返事が返ってきた。


「無理。二人で暮らしている時点で無理、もうどこにいても絶対に離れない。親族の葬儀にも、友達の結婚式もどこにもついてくる」


「それをどうにか」


「実は今入院中なんだ」


「骨折?」


「そんなとこ。俺のこと嫌いだろアイツ。俺の見舞いに帰るというなら、納得するだろう」

 流石我が弟、嫌われている事をしっかり把握している。


「明後日にでも戻って来いよ。急なシフト変更はアイツも厳しいだろ」

 それをしちゃうのがあの子なのよ。


「誰にメッセ送っているんですかー」

 音を消しているのにキッチンから声がした。


「弟がかなりヤバいらしくて」

 骨折の状況を聞いていないので、これは半分くらいの嘘しか言っていない。


「それが杏に何の関係が?」


「可愛い弟だし、一回実家に帰ろうと思って」


「いつですか?」


「明後日から」


「分かりました。シフトの変更を」


「責任」


「分かりました。先に」

 そうして私は携帯で新幹線の予約を取り、荷物をまとめた。その前にかけておいた方がいい電話がある。


「私、一回実家に帰るね。伊藤さん」


「その方がいいよ。お互いの為にならないもん。くっつかれると自立した生活でも無いもんね。同棲もベタベタすると長続きしないことも言ってみるよ」


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