第45話 たまに来ていい女と悪い女
「杏。こんにちは、今日はお茶おごりね」
どこかの迷惑な女よりたまに来てくれる伊藤さんの評価が爆上がりだ。
「ちゃんと常温だね」
「クーラーは冷えすぎでしょ。また来るよ」
「あの」
後ろから伊藤さんが来る度にうずうずしていた先輩がつい声を掛けた。
「あの、もし良かったら連絡先を教えてください」
「いいよ」
あーあ、不幸な女の子がまた一人増えた。
「また遊びに行こうよ。みんなで」
連絡先交換の幸福感で気づいていないが、みんなでという言葉に注意を向けた方がいい。何人いるんだよ。
「一番は君だよ。杏」
「はいはい」
「本当につれないね。あの女の事、そんなに気になる?」
「ゆうの事なら気にはするよ」
「にはね」
なんだか地雷に足を置いた気がする。
「今日は何時に終わる?」
「二十二時に終わります」
これで五人目なんだよな。
「じゃ、いいところに行こうね。彼氏はいるの?」
「高校の時から付き合っている人が」
「じゃ、お友達だよね。そのうちどっちにするか選んで」
先輩落ちたよ。伊藤さんはこれから先輩とお出かけをする前にこまめにメッセをするだろう。
そのうち本当に好きだと錯覚をして、ますます底なし沼に。
「またね。杏」
ゆうとは違う意味で迷惑である。これが大学生の男の子でも同じになるが、その場合の伊藤さんは極めてクールに断る。本当に女の子専門なんだなと思う。
この店のお客さん人気は伊藤さんが単独一位だ。普通の態度の私にヘイトは向かない。
アレよりマシなのでむしろ私はアレ担当になりつつある。アレは店に入ってくることは無いが、前の通りを何度も往復し、覗き込む。
ゴミ捨てに行くと、伊藤さんの真似か。フラフラと近づき後ろに立つ。
「なに?」
「いえ、差し入れと思って」
「大学は?」
「伊藤よりは行ってます」
行って無さそうだったけど、やっぱり行ってないんだ。
「課題は?」
「家でも聞きましたね。そんなに私が心配ですか?」
「伊藤さんよりは心配している」
マスクニット帽の不審者の声が高くなった。
「ホントですか? やったぁ」
「ということで帰ってね」
「おざなりなんですね。なんかそういうバイオレンス的では無い態度は好きじゃ無いです」
「もうそろそろ暑いしー、手打ちうどん食べたいなー」
「学生の私にそんな時間なんて」
「大学休みがちなのにー、課題出せているゆうはすごいなー、うどん小麦から作れそうだなー」
「それをしたら、杏と過ごす時間が」
「家でも作れるらしいからー、一緒にはいれるよなー」
「いえ、せっかく作るなら香川に修行に行って」
「そこまでは頼んでいない」
ちょっと店に来る時間を少なくしようとした結果の話なのだが、この子香川って、そうだどうせなら。
「柔らかくて、ごぼうの天ぷらが乗ったおうどんがいいなー」
「一週間で戻ってきます。おかずは作り置きしておきますね。それでは」
パタパタかけていった。どうにもな、扱い方が分からないようでたまに手に取るように分かってしまう。
ちょろいな。
「ここまでちょろいなら、最初からこの方法を使ってもらいたかったね」
振り返ると店長が立っていた。
「いや、あの。今回は飛び道具といいますか。違くて毎回使える手段では無くてですね」
「いいです。出入り禁止にすると丸田さんにも余波が及ぶことにもなりますが、それも考えないといけませんね」
はははと、笑いでごまかせない。
その後、一週間で柔らかうどんを習得した事を報告に来たゆうは店内の飲料コーナーでウロウロしているところを店長に見つかり、出入り禁止となった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます