第40話 ゼミ合宿の企画

「ごめんなさい」

 伊藤さんの電話で公園にやってきたゆうが何かを言う前に謝った。

 ゆうは私を抱き締めた。


「私こそごめんなさい。まだ世間せきにんを理解出来ていないけど、バイトに関しての認識を改めました」

 分かってくれたか。全部じゃなくて一部でもいいんだよ。


「もう一度、経営戦略を見直して半年に一度講師陣にテストをさせて、もし及第点にならなかった講師の契約はしない。学生に無記名のアンケートをさせて授業が分かりやすい講師だけを残す。それだけではなく」


「ちょっと待って、私が言いたかったのはそういうことじゃない」


「塾長になってくれと言われたので却下して辞めました。あんな面倒なこと何で私がやらないといけないんですか」

 そうじゃない、そうじゃないんだ。


「やっぱり林面白い。その調子でゼミ合宿も企画してくれよ」


「嫌です。あんな動物園みたいな人たちの相手をするなんて」


「でもその間。そこのえっと」


「丸田杏です」


「杏さんが一人きりで何も出来ない中、一週間放置。杏さんは林の必要性に飢えて、ますます林を必要とする」


「分かりました。海でも山でも温泉でも海外でも、どこでも行きます」

 抱きしめを解いて私の手を絡め始めた。


「あの私バイトするから、別にゆうがいなくても」


「じゃ、二週間。この家に一人とかどうですか?」


「学生ならそれぐらい遊んでもいいよ。元は一人暮らししていた身だよ。最悪冷食とかコンビニ弁当で暮らすよ」


「私のご飯よりもコンビニの方がいいですか?」


「そりゃ、ゆうのご飯の方が美味しいけど」


「じゃ、一緒に行こうよ」

 上目遣いでしなだれかかる。


「ゼミ合宿に私はいけないわよ」


「だったら、私はずっと杏のそばにいる」


「自立しないさい」


「料理しているし」


「私からの精神的自立よ」


「杏、私のこと嫌いになったの? どこが悪い? 何でも言ってよ。直すから、寝る前に三点倒立していることが気にいらない? それとも杏の部屋の前で杏の寝息を採取していることがダメ?」

 知りたくなかったことが列挙された。


「あのその寝息は」


「コレクションしているよ。何に使っているか気になる?」


「全く関心ない」


「えっち」


 咳払いが聞こえた。


「私はいけないよ。杏の物だもの」


「その杏さんは行って来いと言っているけど」


「やっぱり私いらない子?」


「必要だけど、ちょっとは人と関わって欲しいなー」


「関わっているよ。杏と一緒だもん」


「私以外と一緒にいて欲しいなー」


「私はずっと一緒にいますよ」


「やっぱり嫌かもなー、嫉妬しちゃうかもなー」


「伊藤さん、ここはヨーロッパ縦断合宿を企画しましょう。改めて杏は気づくはずです。自分にとって林ゆうという女の子は絶対に必要だということを」


「扱い慣れているな。お見事、さすがにヨーロッパ縦断の予算は降りないと思うよ」


「日本中の温泉に行きましょう」


「それならまだヨーロッパの方が通るかも。ほら研修合宿になるから」

 ゆうが伊藤さんと言い合っている間、ポケットを探ると五百円があった。

 ラッキーと思って、近くの自動販売機でコーラを買った。

 帰ってきてもあーだこーだ言っていた。


 飽きないな、楽しそうだ。この大学を選んで良かったね。

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