第38話 分からない

「ゆう。今度の土日空いてる?」


「塾のバイトが」

 ゆうは塾のバイトはこれで五軒目だ。四回はクビになった。おそらく「なんでこんな簡単な問題がわからないのですか?」とか、聞いたんだろうな。


「何でですか?」


「この部屋に掃除機が無い」


「心配しなくても空気清浄機を買うだけのお金は持っています」


「それは空気中でしょ? 問題は床のほこりよ」


「そうですよね。土日に買いに行くんですか?」


「うん。買って発送でもいいかな」


「塾は休みます」


「それくらい一人で行くよ」


「私の最優先事項は杏なので、アルバイトごとき大した問題ではありません」


「でもアルバイトって契約で遊びじゃないでしょ」


「私は出来るので」


「それが通じるのは高校生までよ」


「それは能力が無いからでしょ? 私、一日休んでも二日分くらいの学習を詰め込ませる自信ありますよ。土日は買いに行きましょうよ」


「ダメだよ」


「何でですか?」

 それはあなたの為にならないからと言ってもきっと私は出来るから大丈夫というだろう。小さな田舎から上京した小娘が少しばかり賢くても結局は子供ガキだ。


 ちゃんと教えて貰えなかったんだ。失敗して覚えろって教育方針だったかもしれないけど、これをこの先間違えなくてもいつか大きく間違えてしまう。


「私が嫌だから」


「じゃ、大学を自主休講して買いに行きましょう。混雑すると疲れますもんね」


「じゃなくて!」

 言っちゃダメだ。ここから言ったら言葉は止まらなくて、言わなければ良かったって思うのに、口は止まらない。


「舐めてるでしょ」


「どうしたの、杏」

 勢いをつけて言葉が出ると思ったのに冷たい声で一言だった。


「あなたが休む事で誰かがあなたの責任を負うことになるの。言ってる意味分かる? あなたは出来るかもしれないけど、出来ると思っているあなたのせいで出来ないことが増えると仲間がいるのよ」


「あ、なるほど。仲間を失うことはダメってことですか?」


「違う! 人に迷惑をかけるのはダメって言っているの。本当に分からないのね。だからろくに友達もいなくて、卒業式の時に告白してきた男の子の気持ちも考えなかったもんね」


「最優先事項では無かったので」


「あの男の子がどう思ったか考えたことある?」


「考える意味ありますか? 杏の前であんなことされて迷惑ですよ。今度からああいう事はされな」

 この選択は飛び道具で間違いだったとあとで思うかもしれない。言葉で勝負できなかったから、張り手という暴力を用いた。


 届いて欲しい言葉が届かなくて、言い訳だけどせめてあの男の子の痛みがゆうに届いて欲しかった。


 あの男の子はすごく傷ついて、後で泣いたかもしれない。


「私の事を大事にしてくれるのは嬉しい。嬉しいけど、他にも大事な事はあるでしょう」


「痛い」

 そうゆうはつぶやいた。


 ごめんなさいが言えなかった。自室にこもった私の部屋の扉をゆうは開かなかった。


 謝らないととは思う。私の気持ちを、幼稚だ。分かってくれないから暴力に訴えた。

 どうして分かってくれないのって子供みたいだな。情けない。こんな自分は嫌だ。こんな自分を見捨てないで執着してくるくせに、こんなことさえ、ゆうは分かってくれない。


 人の心を慮って、責任を全部自分の能力が高いからって、そうじゃないのに。私が今まで生きてきた世界はそうじゃない。

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