第36話 卒業式の日
「写真撮るよー、ほら大家さんとゆう寄ってー」
卒業式には大家さんとゆうのお姉さんが出席した。
保護者の皆さんは私を何者か、不審者かと思ったであろう。そうです。私は不審者です。
「じゃ、次は私と杏で」
「私はいいよ」
「ダメです。手を繋ぐだけです」
手を絡め、腕と肩に身を寄せ、口は頬に寄せられた。耳元で「もうキスしてもいいですか?」と、言われたので「今はダメ」と言った。
一緒に写真ってだけでもそわそわするのに、学校の中でこの娘とキスをしようものなら、捕まる。
「林さん」
素朴な男の子だな。卒業式、異性。
ほう告白か。青春の淡い一ページ。
このまま告白されてお付き合い、そんな未来が見えないな。うーん。
「なんですか?」
適当な力では無いくらいゆうは私の腕を抱きしめて、拒絶で目を伏せた様を男の子に見せつけた。
私が男の子なら、ここでくじけている。頑張れ男の子。抱きしめられている身分で言えることじゃない。
「ここではなんなんで、体育館の裏でも」
「え、何? まさか変なことするつもり? ここでいいよね」
目立ちたく無い、ここはそろーりと腕を外そうとしたら、より強く抱きしめられた。
「行ってあげなよ」
声をひそめた。
「なんでですか? 見た事も話した事も無い男からいきなり話があるって」
ゆうも合わせてくれた。
「いいじゃん、こういうの最後だよ。こんな経験中々出来ないよ」
「じゃ、見ててください。真後ろで」
「真後ろはちょっと」
「なんでですか? 何か都合が悪いんですか?」
目のハイライトが消えた。ここは消えるところじゃないだろう。
頭を働かせろ。ゆうはこの後に起こるイベントを分かっている。
「ちょっとー、他の男の子にー、取られそうになったらー、焦ってもうちょっとー、ゆうが気になっちゃうかもしれないなー」
これでどうだ。
「取られそうになったらー、危機感とか焦りとかー」
「私が魅力的に映る」
そこまでは言ってない。
「いいでしょう。体育館の裏でも理科室の前でも校舎の屋上でもどこでもいきます」
男の子は困惑している。こういうイベントはね、本来はノリノリで行く物ではないんだよ。
恥じらったり頬を赤らめたりドキドキしたりするものなんだよ。
「さぁ、杏行きましょう。出来るだけ恥じらうので体育館の陰で見ていてください。ちょっとうなずいて、下を向いて、でもはっきりとノーと言います」
「あの、やっぱり」
ほら、男の子引いちゃったよ。
「何を言ってるんですか。私に告白しようとした山田君」
「名前知ってるの?」
「私が興味を持てない男はみんな山田君です」
そういうこと言うから友達いないのよ。分かってないね。
「ノーって言うから、もう決着は」
「これから杏の前で告白をしてもらって私が恥じらったり、うじうじしたりして、最後には申し訳なさそうにごめんなさいと言って初めて杏がゆうってやっぱり私の事めちゃくちゃ好きだと思って」
「可哀想だよ。せめて写真撮ってあげてよ」
「なんでですか?」
「後でよしよししてあげるから」
「本当ですか?」
「抱きしめるのもサービス」
「山田君」
「池本です」
「池本君、写真撮ろ?」
そう言っておそらくめちゃくちゃ冷たい手で池本君の両手を握った。
この状況でも手を繋がれたら嬉しい男子高校生。
「あの何で」
撮影しようとしてくれたゆうのたった一人の友だちの園田さんは戸惑った。
「私は杏の物なので、当然私と池本君の写真には杏も写るよね?」
ツーショットにしてやれよ。
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