第34話 あの子は私ではない。

「ヤンデレ子来ないの? 最近来ないけど」


「連絡は何もない」


「一応聞いてくれよ。バイト先がさ、クリスマス一ヶ月前にしてかなり頑張って売ろうと言って、スポンジケーキの量といちごの量間違えたらしくて、今店のケーキいちご倍のせなんだけどそれでもいちご余るらしくて」


「いちごまみれなの?」


「もう本当にすごいの。行って来るよ」


「頑張ってね」


「姉貴もバイト頑張って」 

 私達の家で働いていない人間は一人もいなくなった。お父さんもお母さんも二人は働くなら家に置くと言ってくれた。というより私の場合は避難なので、弟の方が比重は大きい。


 ゆうには電話してもメールしてもメッセを送っても反応は無い。

 セックスもキスもしてくれない三十路寸前の女の事なんて気にならないか。と、こじらすくらい私も面倒な女だなと思った。


「今日はコンビニか」

 あのアルバイト地獄に比べたら生温いもので、家での睡眠時間があるので、マシだ。あれがどれくらいの苦行なのだろうかとても恐ろしい。

 住めなくなるかもしれない不安はあったけど今はそれがない、幸せだ。不満があるとすれば通勤時間が一時間半であることだ。


 ゆうの家に行こうとも反対方向はしんどい。そのうち連絡が来るだろう。

「まだ一ヶ月先だから」

 そう言っているうちに十二月になってクリスマスケーキやチキン、おせちのバイトに行って弟は計画性皆無のバイト先でてんてこ舞いになっている。

 日の出はおせちのバイトを出た空で見た。ゆうは一週間で共通テストで、合格発表があって、それまでは会えないか。仕事で行事の余裕は無かったな。生活費では無いけど一ヶ月くらい何とかなるな。


 本当にあの子は大学生になって東京に行くのだ。アレが残した借金を返す為に頑張って倒れて介抱されて家に女子高校生が入って仕返しされて入院した。濃い生活だった。


 あの子と私は違って、私はあの子ではない。そんな当然なことをあの子は賢いから丸めこんでしまう。大家さん経由で共通テストは大成功だという報告も受けた。


「あの子、ちゃんと証明するって言ったのよ。言うなら勝手に言ってって」

 証明する。憧れ程度に済まされて、欲しい物は何もくれない。そんな女に何を証明するのか。私以外には愛さない、私以外と未来を歩まない選択か。


 コンビニのアルバイトの最中も頭にはゆうの事があった。悔しいことに頭ではどんなに理屈をこねても、心のどこか深いところでいっぱい大好きをくれるあの女の子を欲している。


 コンビニは短期で戦力になるからと三月の時点で慰留されたが、断った。どこかに行くあてはあるのかと聞かれて、とても遠い場所ですと答えた。


 もうそろそろ来ると思っていた。メッセで「大切な話があるから駅に来て」と送られてきた。大事な決断をしないといけない。


 電車でやってきたもこもこの彼女は私に飛びついた。


「私、一番頑張ったの。本当はずっと会いたいと思っていて、でも私がいたら杏はなりたい姿になることが出来ない。それにあの日に家に帰ってから思ったの。手抜きでもきっと合格は出来たけど、それじゃ意味なかったって思って頑張ったの。だから、だから褒めて」

 よしよしを抱き締めながらした。


「偉い、偉い女の子だ」

 互いの泣き声は駅に響いた。

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