第32話 可愛いし、いい子
紅葉がきれいだ。
少し車で行くと山の中に紅葉を見るところがある。車の運転くらいは出来る。免許は先月取った。ゆうに内緒で取った免許、教習所の先生の前以外では乗せたことは無い。
「ゆう、紅葉見に行かない?」
受験勉強の息抜きにとは言わないことにした。どちらにしろ反応は一緒だろうから、聞くのは止めだ。
「いいんですか? 車でデートなんて、嬉しいです」
「その、まだ車の運転に慣れていなくて。ちょっと酔うかもしれないけど」
「杏の運転ならそんなことはあり得ません。私は杏の車では酔いません」
そうだね。そういうことあるよね。フリもあるよな。
隣で真っ青な顔をしている。ブレーキのバランスがよくないようだ。
「ちょっとコンビニに寄ろうか? ここから電車で行こうよ」
「ダメです。私は最後まで杏の車で、うっ」
「やっぱ止まろうね」
参ったな。私は私の運転したことしかないが、助手席の事を考えたことが無い。確かに揺れることは多かったが、まさか車酔いするほどだとは。
このままでは私のゆうへの心証は悪くなったとゆうが思って、恥もさらすことにもなるかもしれない。
酔うのはこちらのせいで責めることは無いのだが、思春期の女の子にとって好きな人の前で吐しゃするのは心苦しかろう。
「ゆう、ここからは歩こう」
「まだ」
「帰りはあるのに行きでこんなだとしんどいよ。余裕のある方がいいよ。ここから二十分だし、コンビニでお茶買ってゆっくり歩こうよ」
「ごめんね」
真っ青な顔のままゆうはトイレに入った。
私はトイレから離れた。これくらいの情けは必要だろう。
「失礼しました」
「おかえり」
幾分か余裕は出ただろうか。でもここまで体力を削られて、行くはずだった山の紅葉は難しいだろう。まだ少し暑い。酔って汗かいて、また酔ってではゆうも休む暇はないだろう。
ここからはあそこが近いな。そういう考えを巡らせてコンビニのイートインの中で常温のお茶を飲みながら考えた。
「あのさ、ゆう。今から山の紅葉に行くのは厳しいと思うんだ」
「そんな、私の心配なんて」
「いいの。人でいっぱいの山の紅葉じゃなくて、近くの公園の方が二人っきりになってた方がいいでしょ」
「そんな、いくらでも歩きます。行きましょう」
「いや正直、腰が痛くて」
あなたを二階まで持って上がるのに痛めた腰です。
「帰りもしんどいなら、ここが一番いいよ。駐車場も田舎特権で広いし、ここに止めさせてもらお」
「ありがとうございます。近くの公園で二人っきりですか。そういうことを期待してもいいですか?」
うーん。ここで許すのはどうなのか。
「場合による」
「でもこの場合は酔う車に乗せて、吐かせて、何をしてくれるのかな」
キスは無いな。こちらからしたら事案になる。この辺を警戒している警察官に不審人物として検挙されてしまう。
山の紅葉ではない公園についた格式高い公園ではなく、大きな池の中に小島がある公園。ただイチョウが生えている公園。
「あのここに」
「小島に行こう」
渡ってゆうは驚いたのを見て満足した。ただの小さい広場を池越しに丸っと紅葉。
ベンチに座って、おいでと言った。
「すごいきれいですね」
「ゆうもね」
「え」
「可愛いし、いい子だよ。よしよし」
ひゃーっと言ってベンチの背もたれに倒れた。
帰りは本当に苦労した。
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