第26話 大将の小料理屋

「納得いかない」


「せっかくお誘いされたんだから、行こうよ」


「何で大将の実家に行くんですか? それほど私の料理が不満ですか?」

 ゆうはハンバーグを習得した。ますます胃袋を掴まれている。


「たまにはー、懐石食べたいなー」


「そんなの前に」


「前のは寝ちゃったしなー」


「そうですけど、行きたくないです」


「お父さんの前でチクるいい機会だなー」


「確かにあんな極悪非道で最低の男が親にどんな仕打ちをされるか見てたいですね」

 なんかここまで嫌がりようだと前みたいに好きなのではという説は有力かもしれない。絶対言わないけど、言ったら刺されるからだ。



 そう言って夏休み最終日に指定された駅に向かった。



「二人とも暑い中ごめんなさい」

 大将君は深々と首を垂れた。


「待合室は涼しかったからいいよ」


「杏が可哀そうです。私は許しません」


「ゆう、いいよ。大将君だってこんなに汗をかいて」


「杏がいいなら分かりました。良かったね、首の皮一枚繋がったね。次、もう次は無いけどもしあったら容赦しないから」


「林って本当に杏さんの事好きなんだな」

 大将君は少し戸惑いながら小さく笑った。


「杏は私、私は杏なので」

 それはかなり違うけど、いいという事にしておこう。


「店はすぐですので」

 ここからの大将君の扱いはキツかったし、ゆうはそれを喜んだ。

 大将君は準備中の札をかけた。


「おい、そこの」


「なんだよ。親父」

 高級寿司屋にある洗い場の見えるカウンターだった。大将君は入り口近くのレジの椅子に座っている。


「誰に対して物を言っている。お前は鯛の出汁を土にした。さぞかし土も喜んだだろう。立派な鯛をふんだんに味わえて、良かったな」

 そう言われて大将君は椅子の上に正座した。


「お嬢様方、このアホの事を教えてください」


「アレは私に告白をしました」


「存じております。審査委員長をされていたとか」


「可哀想だよ。やめなよ」

 私がなだめてもゆうはとまらない。


「私はただ同じ高校の生徒です。審査委員長はこの人です」


「審査委員長さん?」


「お父さん。大会であまりにもメンバーに酷い仕打ちをした子達を助けくれたんです。出来れば寛大な措置を」


「ありがとうございます。その」


「丸田です」


「丸田さんには何か」


「この男が私に告白して、ダメなら杏を紹介してくれって」

 ゆうは止まらない。

 大将君のお父さんはカウンターの向こうから出て来て、大将君の横頰をはたいた。

「お前が好きな女の子にご馳走をしたいというから仕入れた八番目にいい鯛を預けたのに」


「親父だって母さんと他の女で迷ったじゃないか」

 血だな。ゆうの方を向いたら目が合った。お互い小さくうなずいた。


「もちろん先代にされた同じ事をするからな。先祖代々のこのタスキをして、表で正座しろ」


「先祖代々ってやっぱり血だよね」

 私の言葉に二人でうなずいた。


 書かれていた文言がと言った物だった。


「暑いから情けをやる。一時間半で許してやる。それまで店の前で正座しておけ」


「そんな一時間半もなんて」


「早く行け」

 大将君が店を出て行った後に洗い場の奥でお父様は手を洗い、正面にでて来た。


「すみません。見苦しい場面を」


「いえその」


「何か」

 大将のお父様の言葉に私とゆうは気まずそうに笑うしか無かった。

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