第20話 まだ出来ていないこと

「模試で一位を取る子と会いたくはならないの?」


「他人の成績には興味ないので」

 そりゃそうか。


「楽しみだな。新婚旅行」

 待て、結婚した覚えがない。


「新婚って」


「将来的にそうなるならいいでしょう」


「そうそう。大将君から連絡があって」


「あの男と今も関係しているんですか?」

 ナイフとか持っていたら刺されそうなくらい声のトーンが落ちたよ。早く言い訳をじゃなくて、ちゃんとした答えを。


「学校でのゆうが心配で」

 血色がすごくよくなった。


「学校の私まで気にかけてくれるなんて嬉しいです。杏さんにご心配をおかけするのはちょっとごめんなさい。でもあの男とはもう連絡を取らないでくださいね」


「それなんだけどさ、一回小料理屋に食べに行かないかって」


「あの男が作る懐石に興味はありません」


「お父さんが作るみたいだよ。鯛の出汁を土にしたことがバレて、器具の掃除も許してもらえなくなったって」


「ほーら、ああいう野蛮な男に天罰が下りましたね。良かった。神様は見ていてくださるのですね」

 本当に嫌いなんだな大将君のこと。じゃ、逆に。


「あれ、ゆう。大将君の事気になっているんだ」


「そりゃ敵ですし」


「好きの反対は敵じゃないよ。無関心だよ」


「そんな違います」


「へぇ、いいじゃん。高校生同士だし、このまま仲良くすれば」

 頭が横を向いた。倒れ込んで分かった。やり過ぎた。


「もう今日は帰ります。すみません」

 怒らせちゃったな、情けない。

 二十五になって高校生に振り回されるのも、二十五になって高校生にひどいこと言うのも、全部情けない。


 身体だけ大きくなって、心はまだ幼い。


 腫れた頬が熱くて、氷は無いかとリビングに降りた。


「熱さまシップあったよな」

 そう独り言をして、冷蔵庫を漁った。

 

 何か言わないと自分の愚かさがこちらを向きそうだからだ。


 熱さまシップを頬に貼った。冷たさに少し声が出た。

 棚の上を見たのは立ち上がる時だった。


 古いカメラがあった。


 ゆうと写真撮ったこと無かったな。携帯が震えた。


「さっきはひどい事をして、すみませんでした。しばらく行くの止めておきます」

 そうメッセージが来ていた。

 ここを出たのは一時間ほど前だ。

 この辺の電車は二時間に一本、ここから走れば三十分。

 慌ててカメラを持って、つっかけをはいた。雨が降ったのか、道はぬかるんでいて、滑りそうになった。あの子は帰りを一時間以上かけて帰る。そんな子にひどい事をした。ちゃんとまっすぐ見てくれたのに、私は全然見えていない。


 運動不足な身体が悲鳴を上げる。明日、筋肉痛でもいい。間に合え、間に合ってくれ。今日を逃したらあの子は私なんかの為に悲しくて寂しくなるかもしれない。


 改札についたのはちょうど電車が来るところだった。


「ゆう。ゆう」

 交通系のカードをタッチしないで駅に入った。電車に乗らないから、許してくれよ。


「なんですか? 心配しないでください。頭を冷やすだけです」

 私はゆうを抱きしめた。


「行かないで、来ないなら会いに行く」

 なぜか分からないのにボロボロに泣いた。


「ここ、こんなに腫れてすみません」

 ゆうは熱さまシップの上をなぞった。


「私ね、ゆうとまだ出来ていないことあるの」


「なに?」


「一緒に写真に」

 ゆうの背後で電車は行ってしまった。次は二時間後だ。

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