第15話 可愛い制服

 可愛いだろうな、春服。

 早朝起きるのは苦では無かった。ただ、学生と、社会人の座ることを狙った早めのラッシュは想定外だった。忘れていたよ。学生時代、朝の電車はこんなだった。


 帰りはどうするよ、ラッシュ真っ只中だぞ。おい。


 そう思って、元居宅の前に立った。時間はまだ六時。

「おはよう。なんかようかい」

 大家さんは大あくびで私を迎えてくれた。


「ゆうが春服見せたいって」


「昨日そんな事を言っていたかね。まだ早いね」


「それでも遠方から通う学生のラッシュにやられました」


「ここもゆうの意向だけではなくて、心配だというあの子の親の意向もあるのよ。変な男に誘拐されたら困るって、女だったらどうだっていうんだいね」

「ここじゃ、少し寒い。ゆうの部屋のカギだ。入って待ってな」


 女子高校生が寝ている部屋に入る。数ヶ月前まで普通だったのに、ぞわぞわする。


「お邪魔しまーす」


「あ、早く来たんですか? まだ着る前なのに我慢出来なかったんですか」

 眼鏡をかけていて、髪の毛はしばってあった。

 同居している時はそんな感じでは無かったのだが、もしかして意識していたかもしれない。


「その電車で座りたくて」


「座ることが出来ましたか?」


「いえ、全く」


「それならいいです。朝ご飯は?」


「まだ、でもいいよ。帰りにファミレス寄るし」


「ちょうどトースター二枚焼けたんで、食べませんか?」

 追加で焼いた瞬間を見た。ありがたくいただきます。


「そう言えば、日中は何をやっているの?」


「えっと、おじいちゃんのお出かけについていったり」


「わぁ、おじいちゃん孝行ですね」


「お母さんの家事を手伝ったり」


「お母さん想いですね」


「弟と倉庫掃除したり」


「杏に怪我はない?」


「物をとりだす時に弟がよく手を切る」


「それはどうでもいい、いや杏の家族だもんね。私は大丈夫、耐えることが出来る」

 弟よ、お前は生理的に受け付けないばかりか、我慢すらしてもらっているぞ。悲しめ。


「制服」


「うわ、もう六時半だ。髪の毛とか顔がぐずぐずだ」

 普通に可愛いのに、気にするんだ。


「もうゆっくり食べたから時間が無い。制服を見てもらった後、同伴でゆっくり登校するつもりなのに」


 トースト残してもったいないな。



 ん? 同伴。ゆっくり?




「あの同伴って」


「高校まで一緒に登校します」

 まずいよ、こんな目が死んでいるおばさんと女子高校生が一緒にいたら怪しまれるよ。確保だ。逮捕だ。送検だ。終わった。人生終了のゴングが鳴った。


 コンタクトしなきゃ、ダメだ。緊張して入らない。奥でゆうがそう言っていた。こちらはそんなところではない。


「あのゆうさん。学校の登校時間は何時まででしょうか」


「八時半に着いたら大丈夫です」


「ここから学校の通学は何分ですか?」


「普通に歩いて三十分です」


「今日の出発予定時刻は」


「七時です。色々な人にいっぱいカノジョを見てもらいたいな」


 人生終了ゲームスタート。


 楽しそうなのは腕に抱き着いているゆうだけで、私は戦々恐々である。

「私の制服どう?」

「可愛い」

「そうでしょう。だって杏が一番に見て可愛いって言ったんだもん。可愛いに決まっているよ」

 ハハハと乾いた笑いしか出てこなかった。

 

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