第7話 メンソールのタバコ

「逃げなかったんだ」

 そうか大家さんの言う通り、今までの女の子はみんなここで逃げたのか。でも私はちゃんとお別れを言いたい。


「でもここは終わり」


「どうして? どうしてどうしてどうして、ねぇ私のどんなところがダメだった? 私の悪いところは全部治すから絶対に離れないでよ。携帯一緒に買いに行ったでしょ?」


「もし、もしここに私を殺す気の男が来たらどう思う?」


「オートロックだし」


「他の人が入った後にくっついて来たら?」


「そんなのおばあちゃんが何とかしてくれるよ」


「それではダメなんだ」

 ゆうがいないところでこんな話をした。


「ゆうに殺される運命より、あの男に殺された方がマシです。ゆうに罪を負わせる心配は無いし、私が出ていったと言ったら私を追って来るでしょ」


「それで対策は?」


「私の部屋番号を掲示板に出して、最後通牒貼ってください。それで大丈夫なはずです」


 だが、この選択が後に災難を生むことになる。話はゆうの前に戻る。


「ほらこんなおばちゃんといるよりさ、学校の友達は大切なもの。今しかないものが大事なこともあるんだよ」


「いやだ。杏がいい。それとも好きな人が出来たの? 紹介してよ。私がその人を超えていくから、もっと杏が私だけを見るようにするから、そばにいてよ。お願い」


「最後の別れじゃないよ。全部終わったらまた戻ってくる」

 全部が終わる日は私が死ぬ時かあの男が捕まる時だ。


「ホント?」


「うん。そうだよ」


「戻ってくる?」


「もちろん」

 週明け、私は部屋を取り払い他の部屋に引っ越した。一ヶ月何も起こらない。平和な日々だ。久しぶりにアルバイト始めてみようかな。


 何か引っかかっている。ある朝、冷や汗をかいてしまった確認をしないと。


「もうじき電話がしようと思っていたよ。ゆうが誘拐されてもう二日だ。警察にも言えないし、弁護士の先生に連絡が出来ない」


「条件は」


「アンタを寄越せと、向こうは交換条件にアンタを選んだ。お願いだ。交換条件になってくれ。私にとっては孫は大切なんだ」


 宮内公園に十七時。


 犯人は二人みたいだ。一人はあの男。

 何をされるのだろう。死んだ方がマシみたいな事をさせられるのか。そんな最悪を考えたくない。

 私は借金を背負わされることになるのかな。

 また消費者金融の支払いをしないといけないのかな。困った人にお金を貸すのに、お金に特に困った人が借金を背負うんだ。変だよな。


「痛い。こいつ」


「助けて、この人に乱暴される。助けて!」

 あっちはあっちで頑張っているのか。聞こえた男性の声は馴染みは無い。本丸はこっちか。

 公園の林を進んでいるともう体が覚えているメンソールの匂いがした。

「久しぶりだな、杏」

 たくさんかいだ。悪魔のにおい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る