第5話 彼女です
「ねぇ、杏は何が好き?」
最近、こういう質問が増えた。ここで下手に「君が好きだよ」とか言っちゃうと、「私もだーいすき」と、いう声が出てどんどんずぶずぶになっていくらしい。
「最近は杏仁豆腐食べたいな」
「じゃ、買い漁ってくるね」
「手作りの食べたいなー」
今のところ変な物は入っていない。というか聞くことが出来ない。聞いたら聞いたで病むだろうし、聞かないと変な物入れているか確認が出来ない。聞いた方が多分弟の未来予想図通りに刺される。
「じゃ、携帯を買いに行く日に一緒に食材も買おうね」
ははは、と乾いた笑い声しか出せなかった。
「杏はどんな色が好き?」
「あ、ははは。黒、かな」
女子高校生に腕を抱かれる成人女性。周りからどう見られているのだろうか。
「さっきからおざなりにして、ちょっとこっちを向いてよ」
可愛い、うんすごい可愛いの。すっぴんなのが申し訳ないくらいに可愛い。
「選んでくれるんでしょ? 携帯」
「うう、ちょっとでも杏の顔が見たいだけなのに」
なんとかマシな選択をしたらしい。
「で、どれがいいのか」
「何かお探しですか?」
近寄って来たのが女で良かったよ。男だと死んでたよ。
「そちらの方は妹さんですか?」
「いえ、お」
お世話になっているアパートのお大家さんの孫娘さんです。これはおかしい。長い。
「彼女です」
分かる。私も分かる。こんな死にかけの顔をした女の彼女が自分であるはずがない。それくらい分かるよ。
「お似合いですね」
ほら、店員さんの顔が引きつっているよ。
「それで何をお探しですか?」
「カメラがよくて、予算が大体、八万円くらいで」
「それでしたら」
そういう顔には反応が薄いのか。待てよ、今日持っている金は二万だ。中古の安いやつをあてにしていたから、でも八万って誰が出すのだ。
「ゆう、お金」
「お姉さん、ハンカチ落としたよ」
「あぁ、どうもありがとうございます」
振り返ると若い男が三人。
「その上のスタバでお茶しないかな」
「何か可愛いなって思ってさ」
「古典的だけど、お話しだけでも」
本当に古典的なやり口だな。
せいっ、声が聞こえた。スタバお茶ボーイが古典ズを巻き込みながら飛んで行った。
「杏は私だけの物です。以後、勝手に触れないでください」
パチパチと拍手が聞こえた。
「え、今。え?」
「成敗です」
他の商材を飛ばして飛んで行った。
「成敗でもこれはまずいと思うよ」
「そうですか? 杏が危ないと思ったら、私の危機なので」
忘れてた。この子、私しか見えてないの。
だから商材が何万円するかとか、周りからどう見られているかなんてことを一切理解しないの。ホント。
「逃げるよ」
「なんでですか? 杏が無事だった。それのどこに逃げる必要が?」
「商材。ほら、人が出て来た。荷物は?」
「声が聞こえたので最悪それを武器にしようかと」
「じゃ、逃げるよ」
「逃げるって、え?」
私はゆうをお姫様抱っこして、その場を後にした。最初はうるさかったゆうも次第に静かになっていった。
これは非常にまずい、究極に悪手だ。それはこんな可愛い女の子を目が腐った成人女性が抱っこしていると同じくらいにこのお姫様抱っこという行動がまずい。
「もういいです」
「う、うん。そうだね。そろそろ」
先を歩く私の服の裾をつまんで歩くゆう。気まずい。もう少し照れ怒りをすると思っていた。それが完全に無言、部屋に帰ったら本格的に寝よう。
待てよ、今の部屋は自分の部屋ではない。ゆうの部屋だ。
「ただいまー」
ゆうはすたすたと脱衣所に入って行った。
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