第3話 久しぶりの手料理

「晩御飯何がいいですか? ハンバーグでも天ぷらでもオムライスでも何でも出来ますよ?」

 季節感が完全にバグっていたが、今は七月の末だそうだ。


「そのうどんとか」だったら「手間もかけないだろうって、思ったでしょう」


 最近の子ってすごいな。女の子なんて鼻くそ食ってたぞ。


「私権限で天ぷらにします。そんな手のかかることとか聞きたい訳ではありません。杏さんの嫌いなものを教えてください、アレルギーな?」


「特にありません」


「からりと揚げますね。くつろいでてください」

 と、言われてもどうにも落ち着かない。一人で生活をしているのだろうか。家族感がしない、離れて暮らしているのかな。


「高校が実家から遠くて、おばあちゃんのアパートに空き部屋があったので」

 しっかりしてるな。高校生で一人暮らしか。


「まずはナスさんとかぼちゃさんです」


「また出来たら持って行くのでこのお皿使ってください。お茶はすぐに出しますね」 

 ゆうちゃんの天ぷらをいただくことにした。サクッと音がした。目の前がにじんだ。

 私は女子高校生の作った天ぷらを食べて涙をボロボロ流している変な女だ。


「何か、まずかったですか?」


「いい。揚げてて油危ない。美味しいから、美味しいの」

 温かい料理なんてもう二年は食べていない。二年前に男が蒸発したから、二年間待っている生活も日に日にすさんだ。しばらく誰かの為に料理を作る必要が無くなったのだ。


 コンビニで温めるご飯も美味しいけど、ゆうの天ぷらにはかなわない。


「じゃ、これは海老さんですね。ピーマンさんも出来ました」


「美味しい、美味しい」

 ゆうは私を抱きしめた。


「良かった。喜んでもらえて料理も喜んでいます」


「すごく、ありがとう」


「私が料理のお世話もします。カレーが残れば持って行くし、冬はおでんを食べましょう。身体が休まって復活するまで一緒に頑張りましょう」


「なんでそこまで」


「好きだからです」


「そんな私なんか」


「疲れていたことも、替えのハンカチがないことも知っています。ハンカチは新しいの買いに行きましょうよ。でも今は力が無いから全部面倒みます」


「学校とか勉強とか。その方が大切だよ」


「問題ないです。課題は終わったし、寝る前に予習は出来ています。だから杏さんのお世話は負担にはなりません。それに一人で食べるご飯より誰かと食べるご飯の方は美味しいです」

 明日もお世話になりますとは言えなかった。


「お布団はおろしたてなので、気持ちいいですよ」


「そんなのゆうが使ってよ」


「関係性が一歩進みましたね」


「その偉そうだったかな」


「いえ、今日から私も杏と呼びますね。お布団変わると眠れない質なので」

 借金が0になるなんてやっぱりおかしい。そう思って起きたのが四時半。行かなくちゃバイトに、スースー寝ているゆうを尻目に家を出た。


 いつも通り出勤すると店長がこれまでお疲れさん。これ少ないけど、退職金。そう言って、一万円を渡してきた。


「え、退職って」


「精神的にしんどかったんでしょ。なのにずっと働いてくれてありがとう。朝勤はみんなで何とか回すよ。制服も今日で引き取るよ」

 なに、聞いてない。もしかしてと思って聞いた警備でも他のコンビニに同じように言われた。

 そんな馬鹿なと思い、いつもより早くに他のバイトへも連絡をした。どこでも「丸田さん。今日までありがとう。ご苦労さん」と、言われた。


 夕方、私は部屋のドアを乱暴に開けた。


「どういうこと? 聞いてない、生活費はどうすんのさ」


「そのことで祖母と私でお話をしましょう」

 テーブルの向こうには大家さんが座っていた。


「丸田さん。ここで働かんかね。一日一万円、ゆうのお手伝いをするだけでいい。この部屋に住むなら家賃はいらないよ」

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