勇者シェフ ウォッシュボード その3

「とりあえず、城のシェフにお願いしてドワーフを唸らせる料理を作らないと!!」


 勇者の去った魔王城、その会議室ではフォルテ主導のもと対策会議が開かれていた。


「そんなことより、ドワーフを買収してこっちの見方に引き込んじゃえばいいんですよー」


 チャイムがまさかの意見を述べる。


「それは!いいかんがえ、」


「何を言っているんですか?チャイムさん?」


 チェイムの意見にフォルテが賛同しようとすると、すぐさまアコールの厳しい意見が飛ぶ。


「ドワーフ族は金品では動かず、美的工芸品のみで動くといわれています。そんな歴史的価値のある物を易々と差し出していては、勇者の前にドワーフ族にこの国自体が壊されますよ?そう、経済的にね」


「ええっと、つまり、正々堂々と勇者と料理対決するしかないんですか?」


 フォルテはため息をつきながら答える。


「さらに付け加えると、フォルテ様。いま城内のシェフは調理場改装のため今月末まで休暇を取らせています。彼らを呼び戻して対決に当たらせるのは実質不可能」


 アコールは表情一つ変えることなく伝えてくる。


「あー、だから今日の昼食いまいちだったのね!納得!」


「ほぉ?モニカさんに料理を見分ける舌があったとは驚きですね」


 モニカの言葉にシンバが嫌味を言う。


「あぁ、言っていただければお姉さまの昼食は私が腕によりをかけて作りましたのにぃ!」


 そんなモニカにコトがすり寄り、会議は一向に進展しなかった。


「時間がない時に何をしているんだ!!」


 テーブルを叩き、声を張り上げるボンゴ。皆が驚いて口を紡ぎ、ボンゴに注目する。


「戦いの時は迫っているんだ!もうこのメンバーでやるしかない!」


 真面目な意見に声を失う面々。


「そ、そうですね。ボンゴさんの言う通りです。皆でこの局面を乗り切りましょう」


 フォルテは動揺しながらも周りに促す。


「限られた時間で最大限の成果を発揮するためには、作業の細分化が不可欠。それぞれが得意な料理を受け持ってそれに集中すべきでは?」


「さすが四天王として毎度最前線に赴いているだけのことはありますね。素晴らしい戦略です。では、皆さま、ボンゴさんの言う通り担当を決めていきましょう」


 アコールがボンゴの意見を取り入れ、料理対決は一人一品ずつ受け持つこととなった。


「まずはオードブル(前菜)からですね」


「はい、はい、はーい!!ここは菜食主義の代表格、エルフを差し置いて最適な人はいないでしょ?」


 早速一人声を張り上げてアピールするチャイム。乗り気な彼に反して周りの反応は暗かった。


「せっかくこの前新しいエプロンも買ったんだよねー。もう素肌に来てもゴワゴワしない超肌触りいいやつなのぉ!」


 なぜエプロンなのに素肌に直接着るのかフォルテには訳が分からなかった。


「えへへ、気になりますかぁ?今度、これでフォルテ様の寝室にお邪魔しますね」


 自分に注がれているフォルテの視線を受けて、可愛らしくウインクするチャイム。


「結構です!というか、勝手に来ないで下さい!!」


 フォルテはチャイムの提案を全力で否定する。


「では、オードブルはチャイムさんに任せましょう。それと、調理服はこちらで用意します。変な恰好してこれ以上魔王軍の品格を下げないように」


「はぁーい」


 チャイムは残念そうに返事をする。


「次はスープですか」


 アコールは適任者がいないか辺りを見回す。


「では、シンバさん?いかかでしょう?」


「僕ですか!?」


 いきなり話を振られたシンバは驚きの声を上げる。


「スープと言えば香りが命、そうなるとこの中で一番鼻が利くシンバさんが適任かと」


 アコールの説明に皆が納得して首を縦に振る。コボルトのシンバは他の種族の数倍は鼻がいい。


「でも一人では不安です。だから、是非コトちゃんにも手伝ってもらえると…」


 シンバは隣のコトに目をやる。


「えー、私はお姉さまの手伝いをするのよ!」


 コトはすぐさま断る。


「そう言わずに、シンバくんを手伝ってあげて。私はポワゾン(魚料理)を担当するわ、めぼしい食材も心当たりがあるしね」


「お姉さまがそう言うなら」


 こうしてシンバとコトによるスープ担当が決まった。


「モニカさんが料理ですか…?」


 フォルテは不安を隠しきれない。


「これでも長い事旨いもの食べて舌が肥えてるのよ。私にまかせなさいって」


「そこまで言うならお手並み拝見といきましょう。なに、全勝する必要はないのです。モニカさんで一敗落としても他で挽回すればいいんです」


 モニカは自信満々に答え、アコールの棘のある言い方にも気付いていなかった。


「あとはヴィアンド(肉料理)とデザートですね」


「デザートの担当はすでに決まっていますよ?」


 フォルテの言葉に自信に満ちたアコールの声が響く。


「それっていったい?」


「どんな戦いであれ、勇者に止めを刺すのは魔王様の役目。もちろんフォルテ様がデザート担当です!」


「えっ!?」


 フォルテの驚きに関心も示さず、アコールは次の話しを切り出していく。


「さて、ヴィアンド(肉料理)ですが」


「肉の事なら任せてくれ!!肉料理は大好物だ!!」


「ボンゴさんですか?」


 ボンゴが声を張り上げる。彼はこれが料理対決だと分かっているのかフォルテは不安でならなかった。


「仕方ない、他に適任者もいませんし、ここはボンゴさんに任せましょう」


 アコールは熟考することなくあっさりと担当を決めた。


「よーし!任せとけぇ!!」


 ボンゴは嬉しそうに両手を振り上げる。

 他の人たちも楽しそうに自分の作る料理について考えていた。


「はぁ、皆さんわかってるんですかねぇ。僕の命がかかってるんですよ?」


 フォルテは一人不安になりながら肩を落としていた。


「気を病んでいる暇はありませんぞ?魔王様」


 そんなフォルテにアコールが声をかけてくる。


「魔王様にはこれから最高級のデザート料理をマスターしてもらわねばなりません!さぁ、時間がありません、早速参りましょう!!」


 デザートにはうるさい男、アコール・ディオン。彼の地獄の特訓が始まろうとしていた。

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