勇者シェフ ウォッシュボード その4
「まず、魔王様にはこの国におけるデザートの歴史から話さねばなりませんね」
一人気合いの入るアコール・ディオンの正面には何故か正座で話を聞くフォルテの姿があった。
「えっと、アコールさん?勝負は来週ですから、細かいお話は後にして、早速料理に取り掛かりませんか?」
フォルテは恐る恐るアコールに進言する。そんなフォルテにアコールの凍り付くような視線が突き刺さる。
「おほん!フォルテ様?そもそも料理とは食材を調理するのみにあらず!真なる料理とは、その作り手の気持ちから始まってるんです。気持ちの籠らぬ料理など、料理と言えず、まかりなりにも料理を作るのでしたら相応の心構えが必要ですぞ!」
「し、しかしですね。その、今回は時間がないものでして」
「大丈夫です、フォルテ様!そのあたりもちゃんと心得ております」
「あぁ、良かった。前のように厳しい特訓とかはないんですね」
フォルテはその言葉を聞いて胸を撫でおろす。
「では、こちらが決戦当日までのスケジュール表になります」
アコールはいつの間に用意したのか、びっしりと書き込まれたスケジュールをフォルテに差し出す。
「朝は早いですが、これも勝負のためです。大丈夫ですよね?フォルテ様?」
フォルテは手渡せたスケジュールに視線を落とす。
「朝5時から訓練ですか、確かに早いですが。時間もありませんもんし、仕方ないですよね」
フォルテは自らの命もかかっている場面なので、文句を言うわけもなくアコールの意見を受け入れる。
そのままスケジュール表を一通り目を通していく。
「えっと?アコールさん?」
フォルテはこれから自分に降りかかる試練に目を奪われる。
「如何いたしましたか?魔王様?」
アコールは意味が分からないといった感じでフォルテに聞き直す。
「えっと、これだと私の睡眠時間がまったく見当たらないのですが?」
「えぇ、勝負は来週。時間がございませんでしたので、魔王様には不眠不休で頑張って頂きます」
あっけらかんと言い放つアコールにフォルテは声を張り上げる。
「いやいやいやいや!さすがに一週間も不眠不休で過ごせる訳ありませんよ!?」
「何をおっしゃっているんですか?たった一週間じゃありませんか?何を大袈裟な」
アコールの物言いにフォルテは改めて気づかされる。目の前の男、アコール・ディオンは魔族の間でも希少なヴァンパイアの血を継ぐ男であることを。
ヴァンパイアは特別な種族で、一度起きれば数年間はまったく睡眠を必要としないとされ、実際このアコール・ディオンも寝ている姿を誰も目撃したことはなかった。
「せめて2時間だけでも休憩もらえませんか?」
本気のアコールに対し、フォルテは可能な限り譲歩を試みる。
「そうですか、それでは魅惑のフルーツ、”とさデビル”の栽培映像を一部編集し時間を短縮しますか」
「ありがたき幸せ」
恐ろしい名前の果物が自身の睡眠時間を削っていた事を知り、フォルテは恐怖を覚える。
それでも少しは手を抜いてくれるだろうと甘く考えていたフォルテであったが、地獄のような特訓はスケジュール通りにこの後続いたのだった。
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